side渡辺
どこでそんな知識を覚えたのかなんて、もうわからない
けど、どうやったらこの大好きな人の気が引けるだろうと考えた時に、それがパッと思いついた
何年も彼を見てきた
真面目で爽やかなイメージとは裏腹に、多分だけど、性に関する興味も深く、意外とムッツリだから、駆け引きが見え隠れする、煽られるような誘われ方は好きなはずだ
少しロマンチストでもあるから、ちょっとした知識に基づいた仕草や言動も、心に刺さるはず
俺のことは恥ずかしがり屋でストレートなアプローチが苦手だと思っているはずだから、ギャップにも心を打たれてくれたら嬉しい
俺は、もうすでに、何年もの片思いをぶちまけてしまって、失うものは何もないし、半ば諦めにも似た境地に至っていた
そこへ降って湧いたチャンスを目の前に恥も外聞もなかった
掌へのキスは『懇願』だ
(お願いだから)
(あべちゃん、俺を好きになってよ)
「あべちゃん、俺を好きになってよ」
万感の想いを込めて、大好きなその人をじっと見つめて、掌に口付けをする
あべちゃんが少し息を呑む
「……可愛らしいことするじゃん」
(…伝わってる?)
「この意味、あべちゃんなら分かるでしょ?」
込み上げてくる不安を抑え込んで、なんとか目を逸らさずに言葉を紡ぐ
「ん、今のはなかなかクるね」
あべちゃんの目の奥に少し、欲の炎が灯った気がする
(…もう一押し…このあと…あべちゃんが好きそうな反応……お願いだから響いて…)
「ふふん」
少し得意気に笑ってみせると、炎が大きくなる
(……成功かな…?もう、出し切っておこ)
「………撫でて?」
今度はそのまま瞼を閉じて、甘えるように手に頬を擦り寄せると、ぴくりと少し手が揺れた
「……かわいいね」
(…ビンゴだな……このパターンで攻めよう)
「おれ、がんばるから」
(覚悟しとけよ、あべちゃん)
そこからは、隠し通してきた反動でか、自分でも驚く程に大胆に、俺はあべちゃんへのアプローチを続けた
その度にあべちゃんが、少しずつ俺にハマっていくのがわかった
でも、そんな風に余裕な態度で好意を伝えるなんてことは、もともと得意なことではない
ずっと頑張っていたけど、最後には、余裕のあべちゃんに、あっさりと立場を逆転された
がっちりと体を抑え込まれて、甘すぎる声でゆっくりと愛を伝えられる時間は、嬉しかったけど、気を失うかと思うほどに恥ずかしかった
だけど、長年想い続けてきた大好きな人が手に入ったんだ
そんなことはどうでもよくなるくらいに幸せだった








