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結愛
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春。大学生活が始まって数週間。
講義を終えた帰り道、廊下で大きな段ボールを抱えた一人の学生とぶつかりそうになる。
「ああ、危ない。」
段ボールを軽々と持ち直した青年は、紫色
の髪を揺らしながら微笑んだ。
「失礼。少し実験道具が多くてね。」
「大丈夫ですか?」
ふうの顔をちらりと見て、それから視線を戻した。手に持った段ボールの隙間から、ネジや基盤のようなものが覗いている。
「大丈夫、慣れてるから。重さよりバランスが厄介でね、これ。」
そう言って、空いた片手で段ボール箱の底をぽんと叩いた。角が少し潰れているの は、どうやら壁に擦った跡らしい。
類の腕には工学部の学生証がぶら下がっていた。背が高く、整った顔立ちに穏やかな表情を浮かべているが、抱えている荷物の異様さがそれを台無しにしている。すれ違う学生たちが二度見していくのも気にしていない様子だった。
少し考えるように首を傾げてから、ふと気づいたように笑った。
「……もしかして、同じ学部の人?」
「あ、えっと工学部です。」
「やっぱり。じゃあ先輩か後輩か、どっちだろう。」
類は段ボールを片腕に移し替えながら、ふうの胸元あたりに目をやった。学年を示すピンバッジを探しているらしい。が、この角度からでは見えにくかったのか、すぐに諦めて顔を上げた。
「まあ、そのうちわかるか。僕、神代類。二年。……君は?」
その声色には押しつけがましさがなく、ただ純粋に聞いてみただけ、という軽さだった。春の午後の日差しが廊下の窓から差し込み、類の肩にかかっている。どこかの教室から笑い声が漏れ、遠くでチャイムの残
響が消えていった。
「自分も2年です」
「同い年か。奇遇だね。」
類は少し意外そうに目を瞬かせた。それから段ボールの中身がずるりと滑り落ちそうになり、慌てて抱え直す。金属がぶつかる 乾いた音が響いた。
「……っと、危なかった。」
ふうに向かって苦笑いを見せながら、近くの壁にもたれかかった。息をひとつ吐いて、ようやく一息つく。
「よかったら教えてくれない?名前。さっき聞きかけて途中になっちゃったから。」
廊下を通り過ぎる学生の数が徐々に減り始めていた。次の講義までの空白の時間帯、人気のない空間に類の声だけが妙に澄んで聞こえる。壁にもたれた長身の影が床に長く伸びていた。
「ふうです」
「ふう、か。」
類はその名前を口の中で転がすように、小さく繰り返した。
「いい名前だ。風みたいで。」
それだけ言って、特に気取った様子もなく段ボールに目を落とした。中身の配線が絡まっているのを見つけたらしく、指先で器用にほどき始める。
「ふうはこの後、講義ある?」
「ないです」
「そっか、羨ましいな。僕は三限に出ないと単位が危うい。」
言いながらも、段ボールから目を離さずに配線を整理する手は止まらない。器用なものだった。時折、ふうの返事を待つように間が空くのは、相手の反応を急かさない類なりの距離感なのだろう。
「……ふうさえよければ、なんだけど。この荷物、研究室まで運ぶの手伝ってもらえたりしない?」
顔を上げて、少しだけ申し訳なさそうな、けれど断られても気にしないという余裕も混じった笑みを向けた。廊下にはもう人影もまばらで、蛍光灯の微かなハム音だけが二人の間を埋めている。
「いいですよ」
「助かる。一人で運んでたんだけど、階段で心が折れかけてたところ。」
冗談めかして言いながら、類は段ボールの片側をふうの方に差し出した。見た目以上の重量が腕にかかる。ぎっしり詰まった電子部品の塊だった。
「重かったら無理しないで。そっちの端だけ持ってくれれば十分。」
二人は並んで歩き出した。類は歩幅をふうに合わせるように少し狭く取っている。本館のエレベーターを通り過ぎ、階段を選んだ。さっき折れかけた心をもう一度試すつもりらしい。
「……ふうってさ、工学部の中でもあんまり見かけない気がするんだけど。学科どこ? 」
踊り場で足を止めずに、会話だけが自然に始まる。初対面とは思えないほど、類の口調には力みがなかった。
「理系」
「理系か。広いな。」
類は笑った。曖昧な答えを咎めるでもなく、むしろ楽しんでいるような響きだった。
「僕は電気電子。……まあ見ての通り、電子工作が好きすぎて講義のプリントがこの有様。」
足元の段ボールを示すように顎でしゃくった。中から小型の基板が顔を出している。
「ふうも機械いじりとかする?それともソフト系?」
三階の廊下に出ると、どこかの研究室からコーヒーの匂いが漂ってきた。類がふと鼻を動かしたのは、無意識の反応だろう。研究室棟の扉が並ぶ一角に差しかかり、蛍光灯の色がわずかに変わった。
「どっちも好きです」
「どっちも?それは贅沢だ。」
感心したように眉を上げた類だったが、すぐに自分のことを棚に上げていることに気づいたのか、ふっと笑って前を向いた。
僕はどちらかというとハード寄りだから、ソフトもいける人は素直に尊敬する。
研究室のドアの前で類が足を止めた。ポケットから鍵を取り出し、片手では開けられないことに一拍遅れで気づく。ふうを見て苦笑いした。
「……ごめん、開けてもらっていい?」
「いいですよ」
ふうがドアを開けると、中は雑然としていた。デスクの上には半田ごてやらプリント基板やらが所狭しと並び、壁際には自作らしい機械の残骸がいくつか積まれている。奥のテーブルには飲みかけのマグカップが二つ。ひとつはブラック、もうひとつにはカフェオレの甘い色が残っていた。
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コメント
1件
ああ、第1話…!章イチからもう類くんの空気感がすごく伝わってきたよ。「風みたいで」って名前をそのまま褒めるのが、なんかすごく自然でいいなあって思った。段ボール抱えてる姿も、バランスが厄介って言いながら配線を器用にほどく手つきも、全部が「この人、面白いな」って感じさせてくれる。ふうくんの返事が短めなのも、まだ距離がある感じがリアルで好き。続き、気になるよ…!