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#怪異
耐え内
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#怪異
阿炎快空
123
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
「きゃあああっ!?」
一体何が起きたというのだろう。綾乃の電話が切れたと思った瞬間、楓の足元が突然なくなった。自分の部屋の椅子に座って話していたはず。落とし穴が突然できるなんて、そんなバカなことがあるはずがない。
それなのに、いきなり足元の空間が消失して、何もない場所に放り出された。落ちる、と思った瞬間に衝撃。肩口から叩きつけられ、痛みに呻くことになる。
「こ、ここ……なに?」
服は、風呂上りに着ていたパジャマのまま。足は素足のまま。
そして周囲には何もない。そこは正方形の、真っ白な部屋だった。広さは目測だが、二十五畳くらいはある、のではなかろうか。そんな部屋に、ただ一人楓は放り出されたのだ。何の脈絡もなく、唐突に。
――どういうこと?さっきまで、私、間違いなく自分の部屋にいたのに。
というか、自分の部屋でなかったならパジャマ姿であるはずがない。天井を見上げるが、真っ白なのっぺりとしたものがあるばかり。穴なんてどこにもない。一体自分は、どこから落ちて来たというのだろう。
これは夢、なのだろうか。だとしたらどこまでが夢なのか。電話をしてすぐ寝落ちしてしまったのか。あるいは、電話をしたことそのものが夢だったのか。
『自分の立場ってのもがわかってないようね。あんた、いつでもあたしに殺されちゃうんだけどお?そうならないように、ほら、命乞いでもしてみなさいよ』
ぞくり、と背筋が泡立った。
ついさっきの、綾乃の言葉。もしあれが、本当だったとしたら。彼女が離れた場所にいる相手をも簡単に殺す、そんな魔法を手に入れているとしたら。
『あはははははははははは!』
「!」
空間を切り裂くような、女の笑い声が聞こえた。綾乃の声だとすぐに分かった。彼女の声と話し方はだいぶ特徴的だ。やや語尾を上げ気味に話すので本人だとすぐわかる。
『夢だと思った?夢かと思ったぁ?ざーんねんでしたぁ、そこは紛れもなく現実よ!あたしのカエシオニの力で、あんたを何もない異空間に飛ばしたの。やっぱり、それが一番いいと思ったのよね。現実の世界だと、どうあがいても第三者の邪魔が入る可能性を否定できないもの。世界から隔絶された場所、誰からも助けに来て貰えない場所に閉じ込められる。あんたみたいな女には、そっちの方がずっと絶望できそうだし?あたし的にもメリットしかないなあって思ってー!』
「……驚きました。まさか、本当にこんな力がこの世にあるんですか。こうやって、冬香さんと由衣さんも殺したんですか!」
『そうよお。あたしの想像で、あんたにどんな罰でも与えてあげられる。何かリクエストあるう?どんな殺され方がしたい?気が向いたら、応えてあげてもいいわよー?』
「罰ですって?」
はっ、と楓は鼻で笑った。
「私に罰があったとしても。貴女に罰がないなんてことにはならない。まさかこれだけのことをして、自分に罰が下らないと貴女は本気で思っているのですか」
綾乃に対して、申し訳ない気持ちも確かにあった。罪悪感も、それから恐怖心も。できれば和解したいし、可能ならば友達になりたい気持ちだってあったはずなのだ。
でも今は違う。
彼女は、どんな理由であれ親友二人を辱めて、苦しめて、殺した。それを許すことなど、自分にはもうできない。できるはずがない。
野間綾乃は明確に、自分の敵だ。
「滑稽ですね。さっき言いましたよね。私は地獄に行くと。清らかで正しい自分とは違うと。……貴女のどこに、天国に行ける要素があると?人を拷問して二人も殺すような人間に、行ける天国などどこにもあるものか!」
殺してやる。
殺してやる。
「姿を現したらどうだ、卑怯者!私が、お前を殺してやる。冬香さんと由衣さんが味わった苦しみを、お前も味わえばいい!!」
激情のまま宙を睨むも、綾乃は姿を現さない。ただただ、見えない場所で笑い続けるばかり。
卑怯者、ともう一度口の中で呟いた。自分自身で対決する勇気がないから、本当に己の正義を貫く度胸もないから、誰かに認められないと自分を確立できないから――。ゆえに歪んだ妄執に囚われ、暴走し、墜ちていくのだ。
本当に弱い者とは、自分の過ちを認める勇気がない人間を言うのである。この女はまさにそれ。己が正しいと信じなければ自信が揺らぐ。自己を、プライドを保てない。なんて滑稽な人だろう。
『好き勝手吠えればいいわ。どうせ、あんたも今から苦しみ抜いて死んでいくのだから』
ぱちん、と指を鳴らすような音がした。合計三回。
その音と同時に現れたのは、灰色の人型物体である。人間、ではないのは明らかだった。なんせ全身灰色なのである。そして、顔には目も鼻もない。巨大な口だけが、にやにやと開いているのみである。
思わず、楓は顔をしかめていた。
まるでマネキン人形のような姿なのに、一か所明らかに人形と違う点がある。――全裸のその人形には、男性器がついているということ。そいつらが体を揺らすたび、醜悪なものがぶらぶらと揺れるのが見てとれる。なんのためにこんなものをつけたのだろう、と思ってしまった。年ごろの少女である楓からすれば、嫌悪の対象以外の何物でもない。
『いろいろ考えたのよ。あんたを屈服させる拷問ってなんだろうって。……で、とりあえずこうしてみることにしたわけ。あんたもオンナノコなんだし?……純然たる暴力に晒され続けるっていうのが、ある意味一番恐怖なんじゃないかってね』
「暴力?」
『そう。殴る蹴る、折る、壊す。それからレイプ。良かったわねえ、死ぬ前に処女卒業できて!あ、違うわ。あんたはもう先生達相手にヤらせてもらってたから処女じゃないわよね!あはははははは!』
人形は三体。悪趣味だとしか言いようがない。そいつらが、じりじりと楓の傍に近づいてくる。
体格からして成人男性程度。なるほど、わざわざ男性器つきの人形にしたのは、楓に性的暴行を加えるためだったらしい。
「最低っ……!」
同じ女が考えたなんて、思いたくない。楓は逃げ出した。途端、人形三体も追いかけてくる。捕まったらどのような目に遭うかは明白だった。何が何でも逃げ続けなければいけない。もしくは、倒す方法を考えるしかない。
だが、部屋の広さは二十五畳そこらなのである。逃げられるスペースなどそう多いものではない。そして、楓の身体能力は由衣よりマシとはいえ、あくまで平均的な女子高校生程度だ。もしも冬香ならもう少し対抗手段もあったのかもしれないが、逃げ続けるには限度があるのである。
「やああっ!」
追いつかれて、後ろから髪の毛を引っ張られる。痛い、と思った瞬間体がふわりと浮いていた。まさか、と思った途端、髪の毛を掴んで壁に叩きつけられる。背中に衝撃。息が詰まった。
「げほっ……ごほっ、ごほっ……!」
肺が圧迫されて咳き込んだ。壁際。このポジションはまずい。早く立ち上がらなければと思った時、目の前にかかる影。灰色の人影三つが、楓の目の前に立ってにやにやと笑っている。
人形の一体が、足を振り上げるのが見えた。そして。
「ぐほっ……!」
お腹に、つま先が食い込んだ。かなりの力。痛みに目の前が真っ赤に染まる。
だが、それで終わるほど生易しい相手ではない。三方向から、次々キックが飛んできた。腹に、足に、肩に。容赦なく、蹴りが飛び、踏みつけられる。
「がっ!あ、あぐっ……うぐううっ!」
あまりにも立て続けに飛んでくるせいで、立ち上がることはおろか、体を庇うように丸める隙さえ与えられない。痛い。痛いだけではなく――怖い。逃げられない状態で、複数の人間に、圧倒的力で蹂躙される。それがどれほど恐ろしいことか、身をもって味わった瞬間だった。
綾乃が言いたいことが分かった気がする。自分がどれほど無力な獲物か、弱者か。それを思い知る絶望、恐怖。そう、暴力とは、人間の生存本能を良くも悪くも刺激する。ガチガチと歯の根のあわなくなるような恐怖が、奥歯からこみ上げてくる。
怖い。
――痛い、いやだ、怖い、やめてっ……!
がつん、と額を蹴り上げられて火花が散った。額が割れたのか、たらり、と血が鼻筋を伝い落ちるのを感じる。
『ぎゃははははははははは!どお、どお?怖いでしょ、痛いでしょ!命乞いの一つでもしたらどう?ごめんなさいませ野間綾乃様、って土下座して今からでも謝れば、あたしも許してあげるかもよ!?』
恐怖心に折れそうになった心を支えたのは――皮肉にも、綾乃の嗤い声だった。
そうだ、自分が挫けたら、こいつに屈服したら。やってもいない罪を認めることになる。そして、大好きな友人達が死んだことが正しかったと、そう楓自身が受け入れることになってしまうではないか。
何より、こんな奴に負けたくない。こいつにだけは、絶対。
「地獄に、堕ちろっ……!」
力を振り絞って怒鳴った瞬間、がつん、と痛みが来た。見れば、人形のつま先が、楓の股間に食い込んでいる。ジャージの上とはいえ、つま先を立てて抉るような一撃――一拍遅れて、股間から突き上げるような激痛が来た。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
『あはははは、いい声、いい声!まだまだくだらない事言う元気があるみたいだからあ、おまけしてあげるわ。そいつの腐れマ〇コを潰してやりなさい。さあ、さあ、さあ』
「ぎ、ぎいっ……がっ。があっ!」
股間と下腹部を集中攻撃される。踏みつけられ、蹴り上げられ、痛みが増していく。
なんとか耐えなければ、と楓は歯を食いしばった。
――このまま、無様に、死んでたまるかっ……!
コメント
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ああ、これは……読んでいて胸が苦しくなりました。 楓の立場を思うと、突然異空間に飛ばされて、しかもあんな人形たちにリンチされるなんて、想像しただけで怖すぎます。でも、そんな極限状態でも「地獄に堕ちろ」と啖呵を切る楓の精神力には敬服しますね。 冬香と由衣の復讐を胸に、決して屈しない強さ——その信念がひしひしと伝わってきました。綾乃の歪んだ正義感と楓の正義がどう衝突していくのか、次が気になります。