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橋の上。
夕焼け。
二つの世界を繋ぐ扉。
空間は水面みたいに揺れていた。
向こう側から聞こえる人の声。
車の音。
誰かの笑い声。
三年間、画面越しでしか知らなかった“日常”。
悠真が小さく息を吐く。
「……行くか」
蒼も静かに頷く。
二人とも少し緊張していた。
でも、不思議と足は止まらなかった。
帰りたかった世界。
人のいる世界。
その入口が、今目の前にある。
「せーので入る?」
悠真が笑う。
蒼も少し笑った。
「子供かよ」
「いや、なんか怖いじゃん」
確かに怖かった。
もし途中で消えたら。
もし別の場所へ飛ばされたら。
もし。
色んな不安が頭をよぎる。
でも。
三年間ずっと一緒だった。
だからきっと大丈夫だと思っていた。
「じゃ、せーのな」
悠真が手を出す。
蒼は少し呆れながら、その手を軽く叩いた。
「行くぞ」
「せーの」
二人は同時に扉へ踏み込んだ。
その瞬間。
世界が歪む。
視界が白くなる。
風の音。
無数の光。
耳鳴り。
重力がなくなる感覚。
蒼は反射的に悠真の腕を掴もうとした。
でも。
届かなかった。
「……っ、悠真!」
声が遠ざかる。
光の中。
悠真の姿が離れていく。
まるで流されるみたいに。
「蒼!!」
悠真も手を伸ばしている。
でも。
距離が広がる。
光が二人の間を裂いていく。
次の瞬間。
蒼は地面へ倒れ込んだ。
硬いアスファルト。
眩しい光。
騒がしい音。
息が止まる。
「大丈夫ですか!?」
知らない声。
蒼はゆっくり顔を上げる。
人。
人。
人。
駅前だった。
大量の人がこちらを見ている。
スマホを向ける人。
泣いている人。
警察。
報道カメラ。
世界が、“人”で溢れていた。
蒼は息を呑む。
耳が痛いくらい音がある。
車。
話し声。
足音。
信号。
全部が一気に押し寄せてくる。
三年間、静寂の中にいた体には刺激が強すぎた。
でも。
蒼はすぐに周囲を見る。
「……悠真?」
いない。
人混みの中にも。
近くにも。
どこにも。
胸がざわつく。
「悠真!」
叫ぶ。
でも返事はない。
その頃。
別の街。
夕方の住宅街。
悠真もまた、道路へ倒れ込んでいた。
「うわっ!?」
周囲の人が驚く。
犬の散歩をしていた老人。
自転車を止める学生。
子供の笑い声。
普通の世界。
戻ってきた。
でも。
悠真もすぐに起き上がる。
「……蒼?」
周囲を見回す。
知らない場所。
知らない人たち。
蒼がいない。
その瞬間。
胸の奥が急激に冷える。
スマホ。
悠真は慌ててポケットを探る。
あった。
電源もつく。
通知が狂ったみたいに鳴っている。
ニュース。
メッセージ。
世界中からの通知。
でも。
悠真が開いたのは、それじゃなかった。
連絡先。
『蒼』
震える指でタップする。
コール音。
長く感じる。
街の音が遠くなる。
頼む。
出てくれ。
その頃。
人混みの中で、蒼のスマホも震えていた。
画面。
『悠真』
蒼は一瞬息を止める。
すぐ通話ボタンを押した。
「……悠真!?」
『蒼!?』
その瞬間。
二人とも、言葉が詰まった。
電話越しに聞こえる声。
三年間、ずっと隣にいた声。
でも今は遠い。
違う場所にいる。
『お前どこ!?』
「わかんねぇ、駅前……人多すぎる……!」
『こっち住宅街なんだけど!?』
二人とも半分笑って、半分泣きそうだった。
帰ってきた。
本当に。
でも。
最後の最後で、離れ離れになってしまった。
人々のざわめき。
ニュースヘリの音。
夕焼けの空。
三年間の終わり。
そして。
新しい世界の始まり。
電話越しに、悠真が少し笑った。
『……でも』
「?」
『ちゃんと繋がったな』
蒼は雑踏の中で、小さく笑う。
「……うん」
今度は、世界に人がいる。
離れていても。
もう、本当に独りじゃなかった。