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「俺が魔法少女に……?」
「そう、だね。きみが戦う――――ルシフェルさえ倒せればこの場の全員が助かるし、蘇生や治癒ができるよ」
あの化け物を倒せれば死んだ人間を蘇らせる?
そんな夢みたいな話……魔法少女ならばありえるのだろうな……。
だけどあいつを倒すって、そんな理不尽な……。
「世の中は、いつだって理不尽に溢れている、さ」
そして指折り数えるように星咲は語る。
「外見の良し悪し……才能の差、クラス内ヒエラルキーによるイジメ。長時間労働で尽くした会社から解雇通達。病気での死、事故死。この地獄にたまたま居合わせてしまった事だって、交通事故と変わらないよ」
強い瞳が俺を見据える。
「車に跳ねられたと思って死を受け入れるか――――それとも」
抗うか。残された選択肢はそれしかない。
「ボロボロなのにやけに饒舌だな」
「魔法力が尽きちゃっただけだから」
アイドルは死なない、と微笑む彼女にやっぱり理不尽さを覚える。コイツは死なないのに、俺や妹、優一やその他学生達は化け物を倒さない限り死ぬとか何て理不尽なんだ。
俺の腕の中には、呼吸が浅く死にかけの夢来がいる。もうどうにかできるのは魔法少女の力しか存在しない。こいつの力を手にすれば、妹の胸の真っ赤な空洞も癒せるかもれない。
「なってやるよ……魔法少女とやらにな」
だから俺は理不尽を覆すべく、星咲に宣契した。
しかしそもそも男が魔法少女になれるのか? そんな不安を抱えながら彼女を見据える。
「あぁ、キミならボクと同じように魔法少女になれるさ」
彼女は横たわったまま、その手を俺の胸に差す。そして魔法少女の象徴たる『魔史書』を出現させ、歌うように呟いた。
「『輝きしき天動説アリストテレス』『天体奏者アルキメデス』、ボクたち先駆者が継承の座を君に捧げよう、ボク達の意思を捧げよう」
『魔史書』が虹色の光彩を帯び、俺の全身を包んでいく。
何かが吸い取られるような、いやこれは星咲と俺が一体化するような……彼女の、いや彼の過去が断片的に走馬灯のように脳内を駆け巡る。
そんな不思議な感覚を経てわかった事は、こいつも元は男だという衝撃の事実。
「そう、君は鈴木吉良っていうのか。吉良……吉良、きらちゃんだね」
俺の過去を読み取ったのか、星咲は俺の名を呼ぶ。
ついつい呼び方にツッコミを入れそうになるが、俺は寸でのところで耐える。
今は時間がない。
天高くまで飛翔したルシフェルが、今にもこの場を破壊し尽くそうと幾つもの黒球を上空に出現させているのだ。
「きらちゃんは、何を願う?」
問われ、覚悟を決める。
俺は……アイドルが心底嫌いだ。それになびく人間も嫌いだ。他人など信用するに値しない、糞にも劣る存在と常々思っている。
けれどイジめを受けた中学時代、ずっと傍で励ましてくれた妹の夢来や、クラスの連中を敵に回そうと俺を庇ってくれた優一、そんな奴らがいるって事もわかっている。
だから……。
だから、俺の願いは――――
胸の内で呟いた願い、それらが爆散するようにして眩い輝きが俺の全身から吹き出す。瞬間、何をすべきかが明確に脳内へと流れ込み、自然と口と手が動き出す。
「応えろ、俺の『魔史書』ッ!」
本能が叫ぶままに右手を天にかざせば、そこには十二の光球が円を描くようにして俺の頭上を回転し、幾重もの魔法陣を宙空に展開した。そこから現れたのは虹色に輝く分厚い書物。
これが俺の【魔史書】……。
「【夢見る星に願いを!】」
数多の星々がまぶしいほど天空へと広がる、そんなイメージで自らが発する光の粒子を辺りに散りばめてゆく。
「読み解くは黙約の第六説――【おとめ座】」
ああ、これが『幻想論者の変革礼装』なんだな。
頭のてっぺんから足のつま先まで、一瞬にして浄化されるような感触。微炭酸水でシュワワーっと、身体を優しく洗われるような感覚が気持ちいい。
「魔法少女――『正義の女神アストライア』――現界」
口にして思う。俺が正義なんぞをかざせる人間なんかじゃない。
けれど持っている魔法力は『正義の女神アストライア』、有翼と物凄いスピードで自転する力。
うん、自分で何を把握したのかいまいち理解できていないけれど、何となくは感じれる。
空を自由に飛翔できるのと、回転だ。
空を飛べるのはわくわくするけど、さっきまで魔法少女トップクラスの戦いを見せられた後じゃ地味な気がしなくもない。
「というか、足がスースーする……背中も気持ち悪い……」
前者はヒラッヒラッの衣装なため。後者は背中からバサリと生えた四枚の羽根のせいだろう。
「しかも随分とちっちゃくなったな……」
女子化の弊害なのか身長もだいぶ小さめになってしまった。しかもやたら髪の毛が長い。地面にわずかに届かないぐらいの、ほぼ身長と同じ長さに我ながらドン引きだ。そしてやたらキラキラと輝く銀色も目に痛い。
銀髪とか日本人じゃ不自然なだけだろうに、ロシア人みたいに堀がちょっと深い顔立ちなら似合うかもしれないが……。
あぁ、あと大切な部分の消失に関して今は言及するのを止めておく。きっとこの状態は一時的なものだから。そう現実逃避するようにして、今は遥か上空で佇む敵を睨む。
「いきなり第六の発動ねぇ……ボクのアルキメデス、『てこの原理』や『スクリュー』をしっかり受け継いだ『聖邪の天秤』の持ち主、『女神アストレイア』かぁ」
なにやらブツブツと講釈を垂れる星咲。
「偉人級のその上……神話級の『魔史書』、おめでとう」
彼女は俺の魔法少女デビューを祝福するように小さな拍手を送ってくれる。
正直、あまり嬉しいものではない。
死なないとわかっていても、あんな化け物とコレから相対するとなると気分は重い。
「それにしても星座、ね……ボクでも一つ星の力を引き出す事しかできなかったのに…………そうか、君は……ぃんだね」
しかし、いつまでも星咲の戯言に付き合っている暇はない。
早くルシフェルを捕まえて倒さなければ、そう急いたものの対象は自ら傍へと瞬間移動をしていた。
「崩壊の兆しを内包するから者だから、見逃しておいたものを――」
漆黒の翼を広げる様は、輝く星々をまるごと飲み込まんとする闇夜の天空を思わせる。
ルシフェルの顔は笑っているが、その目の奥は冷え切っている。
「まさか秩序を守る者として生を受けるとは、愚かな――――消え失せよ」
圧倒的だ。
「――ッッ」
相対して初めて分かるルシフェルの重圧感、まるで山を前にした登山家のような気持ちになる。
だが、押し潰されそうだからといって黙ってやられるつもりは毛頭ない。
「消えるのはお前だ――――この、イケメン殺戮者がッッ!」
「ちょっと、鈴木くん。そういう言葉遣いはアイドル的にNGだから」
緊張と重圧に満ちた空間。
そんな場とそぐわぬ、星咲の呑気な指摘が背後から響いた。