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「ほう、地獄の王にして堕天使の長であるこの我を消すと」
銀髪の青年ルシフェル。
彼の存在感は、言葉で形容しがたい程の圧力を内包していた。
「口先だけは達者のようだな」
その目が射ぬくは数多の命。
その翼が羽ばたけば地表の全てを吹き飛ばす。
その口が開けば地獄の使徒すら従える。
美とカリスマと、崇高な思想を持ち合せた完璧なる存在。
神々さえ畏怖し、超越しうる存在。
「それにしても、解せぬ」
直接、言葉を交わせば彼の力がどれほど強大なものか、肌で感じ取れた。
今ならわかる。彼は【魔法力】の塊であり、その量は尋常じゃない。これでは全国トップクラスの魔法少女二人を、容易くねじ伏せたのにも納得だ。俺一人でどうこうできるレベルでないと確信できてしまう。
「解せぬな。【欠望因子《アンチズム》】を持ち得ながら、人が作った社会にすがるなど……貴様ら魔法少女は解せぬ」
こっちこそわからない事だらけだ。
だが戸惑っている暇があったら動け。そう自分の意志と身体を叱咤して、【魔法力】を開放する。
まずはここを離脱だ。
こんな所で戦いを始めたら、夢来の神聖な身体に傷がつく。俺が移動をすれば、奴も追ってくると確信があった。なので背中にぐっと力を込めて天へと飛び立つ。
全身を風が打ち、みるみる間に地面が遠ざかっていく。
「ッッ! これが、空を飛ぶ感覚」
なんて解放感、なんて自由な羽ばたき。
ルシフェルから距離をあけた事によって、一瞬だけ心の重圧が解き放たれた。
「――巣立ちを喜ぶ雛鳥のようで滑稽よな」
底冷えするような声音がすぐ傍で放たれたので、飛翔による高揚感は即座にしぼんだ。声の方角を見れば、ピッタリと俺に並走しながら、ルシフェルが余裕の笑みで俺を見つめている。
「さて、どのようにして遊んでやろうか――」
お前なんかに夢来の笑顔を奪わせない。
そう自分を奮い立たせ、ルシフェルに対してすぐさま飛行コースを直角に切り替え突進する。さらに自身に回転を加え、【おとめ座】が持つ力で回転速度を上乗せさせる。
そのスピードはおよそ、秒速200キロ。
視界が急にブレ、景色が引き延ばされていく。
「我を楽しませ――――ぺギョッッッ!? ギュギョガッ!?」
変な雑音が耳に入ったところで回転を止める。
ルシフェルの美しい肢体、翼、顔を巻き込んだ体当たりは奴を激しく轢き飛ばし、地上に叩き込まれた杭みたく垂直に落とした。
ズドンッと大地を揺るがし、頭? ちょっと身体がぐちゃぐちゃになっていて判然としないが、ルシフェルは頭っぽい部分から地面に突き刺さって動かない。
これはもしやチャンス?
そう見立て、急激に襲ってくる吐き気を抑え込みながら【魔史書】が持つもう一つの能力を開放しようと決める。
そして、空中で待機したまま口ずさむ。
「読み明かすは黙約の逆説――【おとめ座】」
文言に反応し、新たな衣装へとドレスチェンジ。
またスカートかよ、と内心でゲンナリしつつ【魔法力】を開放。
「魔法少女――『冥界凍土の女王ぺルセポネ』――現界」
体内で力の大幅な増大を感じる。そう、まるで春が芽吹くような生命力に満ちる【魔法力】だ。だが、今回は本来の力を行使はしない。
「母神系譜――」
何かを召喚するような、他者を呼び覚ますような感覚で【魔法力】をさらに放出する。
「豊穣の女神デメテルの名の下に――――冬来たれ――」
背後から暖かな、何かに包まれる心地よい感覚を覚えながら口ずさむ。
「冥界の底で氷獄に眠れ」
対象を地面に突き立つルシフェルに調整し、放つ。
すると即座にルシフェルが凍りつき、さらにそこから凍土が急速に広がり始める。それを目にした俺は慌てて氷化の方向性を上へと調整してゆく。
気付けば東京スカイツリーにも負けないぐらいの氷柱が、天を分かつようにそびえ立っていた。
これで一件落着、問題な……し、ではない。
ただ一つ、重要な問題があった。
それはわずかな間だけでもと、意志の力で今まで耐え、抑え込んできた衝動。
さ、ん、は、ん、き、か、ん、の限界である。
「おうぇぇぇぇッ」
うん。
口からお星さまみたいなキラキラが出てきたよ。
「そんな無茶苦茶な……あのルシフェルを、こんな簡単に……」
星咲の小さな呟きが、冷たく静かな空の下に響いた。
◇
【魔史書】紹介
●正義の女神アストライア●
聖邪を判断する天秤の持ち主。
有翼の乙女として表現される事もしばしば。
●おとめ座●
おとめ座の首星(連星)は【真珠星】。
自転速度は秒速200キロメートル。(約200000メートル)
地球は秒速約0,46キロメートル。(約463メートル)。
スピカは物凄い速さで回っている。
●春を芽吹かせる冥界の女王 ぺルセポネ●
【冥界の王ハデス】がぺルセポネに一目惚れし、冥界へと誘拐してしまう。ぺルセポネの母、【豊穣の女神デメメル】は娘の行方を探すべく、女神の役割を放棄した。すると地上には豊穣の力が失われ、小麦一つ実らない冬枯れの季節となった。
それを見かねた【絶対神ゼウス】が、ハデスにぺルセポネを返すようにと伝える。
ぺルセポネが戻ると母デメメルは喜び、再び大地に緑が戻った。
しかし、ぺルセポネは冥界の実を四つ食べていたので、一年に四カ月は冥界の女王として暮らす事になる。その間、豊穣の女神デメメルも役割を放棄してしまうので、地上に冬が訪れるようになった。
ぺルセポネが戻れば緑がもゆる。
そのため芽吹く季節、春の女神とされている。
※諸説あり