テラーノベル
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拍手がサーカステントを埋め尽くす。
割れるような歓声、鳴り止まないスタンディングオベーション。
まるで“祝福”みたいに見える音。
だがステージ中央で、
スポットライトに照らされた団長が静かに手を掲げる。
「——さぁさぁ、ここらで最終演目」
ざわめきが一瞬で消える。
空気が止まり、照明の熱が異様に重くなる。
本来なら、もっと長く続くはずだった人生という名のサーカス。
もっと笑えて、もっと泣けて、
もっと色んな演目(未来)が待っていたはずなのに。
しかし団長は淡々と告げる。
「最終演目は…… “自殺”」
その瞬間、観客席が完全に静まり返った。
喉を鳴らす音すら聞こえない。
子供の泣き声も、誰かの咳も、全部消える。
世界が停止したみたいに。
団長はゆっくりと腕を広げて紹介する。
「最終演目を飾りますは——
笑えないピエロ」
暗転。
スポットライトが一点だけ落ちる。
白塗りがひび割れ、
赤く描かれた口元は嘘の笑みにも届いていない。
舞台中央のピエロは、
膝を震わせながら静かに前を向いた。
本来ならこの時間、
ピエロは客席に向かって大袈裟に転び、
馬鹿みたいに喚き散らし、
皆を笑わせる役だった。
でも今日は違う。
仮面は外され、
色も剥げ、
目の下には長年の涙の跡がそのまま残っている。
拍手はもう鳴らない。
観客は息を呑み、
ただピエロを見つめるしかできない。
——だって、誰も知らなかったから。
あのピエロが、
誰よりも早く終幕を選ばざるを得ないほど
追い詰められていたなんて。
サーカスは華やかに見えるけれど、
その裏で救いを求めていた者がいたなんて。
スポットライトが少し揺れた。
ピエロはゆっくりと一礼する。
それは、
長い公演を終えた者の挨拶ではなく、
最初から最後まで
**“笑って死ぬことを求められた存在”**の、
たった一度の“本音の礼”だった。
団長の声が響く。
「本日の最終演目は……
笑えないピエロによる“空中ブランコ”でございます」
観客がざわめく。
ピエロはそんな演目、今まで一度もしてこなかった。
彼の役目は笑わせること、
高く飛ぶことじゃない。
けれどピエロは黙って梯子を上る。
その足取りは、
決意というより“諦め”に近かった。
ぬいぬい
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ふと観客の一人が気づく。
「あれ……ネット、ない?」
そう。
普段なら大きな安全ネットが張られている場所に、
今日は何もない。
黒い闇だけがぽっかりと口を開けている。
団長は何も説明しない。
ただ優雅に見物している。
スポットライトは残酷なほど明るく、
観客の視線は無慈悲なほど冷たい。
ピエロは棒を握り、
震える指先を隠すように深呼吸する。
——本当は、
今日のために練習なんてしていない。
そもそも空中ブランコのやり方など、
誰も教えてくれなかった。
彼は笑いを求められる存在であって、
“飛ぶ”ことなど許されなかったから。
それでも、
ピエロは静かに宙に身を投げた。
一瞬、空気が張り詰める。
そして——
掴みそこねた。
軽い布切れみたいに
ピエロの体は空を切り裂き、
真っ逆さまに落ちていく。
観客席から悲鳴は上がらない。
——代わりに響いたのは、
爆発するような笑い声だった。
「ぎゃははは!」
「落ちた!あれは新しい演出か?」
「やっぱりピエロは最高だ!」
観客は、
その転落死をショーの一部だと信じて疑わなかった。
血が広がり、
白塗りが割れ、
布のように動かないピエロの身体。
だが観客は笑い続ける。
死さえも**“芸”**として消費する。
まるで——
その死を笑いに変えることが、
このサーカスの正しい楽しみ方だと言わんばかりに。
団長は静かに一礼し、
観客を称えるように言った。
「皆様、
本日の公演はこれにて終了でございます。
ご来場、誠にありがとうございました」
笑い声と拍手が、
ピエロの冷たくなった身体の上に降り注いだ。
誰も悲しまない。
誰も立ち上がらない。
誰も、本当に“死んだ”と気づかない。
観客たちは口々に言う。
「面白かったね」
「期待以上だった」
「本当に命懸けだなんて、プロだなぁ」
彼らは満足げにテントを出ていき、
スマホで今日の“最高のショー”を語り合い、
帰り道の話題は晩ごはんのことに変わっていく。
その誰一人として、
自分たちが一人の命を笑い物にした事実に
気づくことはなかった。
団長は静かに舞台の中央へ歩き、
倒れたピエロを見下ろして
一つだけ小さく呟いた。
「——これが、観客が望む芸だ」
そして幕は下りる。
拍手喝采の中、
最後まで誰も知らないまま。
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