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帝都ロザリアス郊外にある貧民街。アーキハクト姉妹は入口にいた男に案内されて上流から流される汚染された排水が流れる水路を伝いながら、奥地を目指す。明らかに生活用水には適さない流れる水を見て、レイミは眉を潜めた。
「垂れ流しですか。衛生環境は最悪ですね」
「ここじゃ綺麗な水を飲めるのは貴族様や金持ちだけだ。こんな汚れた水でも沸かせば飲めるさ」
「いくら沸かすにしても限界があります」
「だろうな、運の悪い奴は病気になって死ぬだけだ。ここは、そんな場所さ。嬢ちゃんみたいな綺麗所には想像もつかねぇだろうが」
男の皮肉にレイミの視線に鋭さが増すが、いち早く姉が手を挙げて制した。
「妹が失礼しました。正義感が強いので、皆さんのことを心配しただけです。他意はありません」
「結構なことだが、ここじゃ止めときな。善意って言葉は糞ほどの価値も無いからな」
「承知していますよ。私も何だかんだとシェルドハーフェンに十年住んでいますから」
「それはそれは……なら言葉には気を付けるこった。今日はボスも機嫌がいいが、口より先に手が出るタイプだからよ」
「ご忠告ありがとうございます」
しばらく進むと、そこには貧民街に似合わぬ屋敷がひっそりと佇んでいた。
「屋敷、ですか」
「随分と昔に貴族様が建てたものらしい。まあ、何かあったのかそのまま放置されてたからな。俺たちが接収して使わせて貰ってるのさ。門番にコイツを見せな。中へ案内してくれるだろう」
男が差し出したペンダントを受け取ったシャーリィは、代わりに銀貨三枚(三十万円相当)を握らせる。
「ご苦労様でした。少ないですが、チップをどうぞ」
「気前が良いな、嬢ちゃん。無事に出て来られることを願ってるぜ」
門番にペンダントを見せると、姉妹はそのまま屋敷の中へ案内された。内装は綺麗なものだったが、所謂贅沢品の類いは少なく絵画等も見たら無かった。
「貴族の屋敷にしては静かな作りですね」
「場所が場所ですからね、略奪されたのでしょう。絵画ではお腹も膨れません」
ちなみに暁でも館を建設する際は貴族風に調度品を集める予定ではあったが、シャーリィが趣向品の類いに関心を示さなかったので来賓を迎える区域以外は質素なものである。
「絵画を手に入れるお金でどれだけの武器弾薬が手に入るのですか?」とは彼女の言である。
二人が通された応接室で待っていると、しばらくして肩にコートを羽織った隻眼強面の大男が現れた。
「誰かと思えば、別嬪の姉ちゃん達じゃねぇか。幾らだ?」
「残念ながら娼婦ではありませんよ」
「そりゃあ残念だ」
男は笑いながら向かい側の椅子に腰かけた。シャーリィもそれを確認して椅子に座り、レイミは後ろに立つ。
「手慣れてるな、ただの村娘って訳じゃなさそうだ。合言葉を何処で知ったんだ?」
「苦労しましたが、色々と頑張った成果です。初めまして、ラスティ=ボルティモアさん。いえ、この場合キャプテン・ボルティモアと呼べば良いですか?」
シャーリィの言葉に大男、ボルティモアは目を細める。
「なるほど、俺の正体すら知ってやがるか」
「海で名を馳せる大海賊が帝都の裏社会を牛耳っているなど、誰も考えないでしょうね。公には、貴方の本拠地はファイル島だとされていますし」
「隠れ蓑にはちょうど良いからな。それで、お嬢ちゃんの名前は?」
「申し遅れました、暁代表のシャーリィです。後ろに居るのは妹のレイミ」
「後ろが妹だぁ?逆じゃねぇのか?」
「よく言われます」
「まあ良い。暁か、随分と羽振りが良いらしいじゃねぇか。ダイダロス商会の奴らも稼がせて貰ってるみたいだしな」
「薬草ならまだまだたくさん売れますよ」
「それはありがたいな、しばらく南方で稼げそうだ」
「おや?アルカディアの内乱は終わったと聞きましたが?」
シャーリィが首をかしげると、ボルティモアは愉快そうに笑う。
「俺にたどり着いたご褒美に教えてやるよ。あそこの跡目争いは滅茶苦茶になった。後を継いだ皇太子が暗殺されてな。先日の事だ。お陰でアルカディアは今大騒ぎだぜ」
ボルティモアの言葉を聞き、シャーリィもまた笑みを浮かべた。
「それはそれは、今まで以上に国が乱れそうですね?」
「ああ、薬草はもちろん武器や鉄なんかも高値で売れてる」
「そして私達がそれらを用意すれば更に利益が出ると」
「そうだ。これまで通りブツをダイダロス商会に卸してくれれば良い。イロをつけて買い取ろう」
「そしてそれを更に高値で売り払うと」
「陣営を問わずにな」
「……ふむ。ダイダロス商会……いいえ、貴方を通じてアルカディアを混乱させる。お兄様の狙いはそこですか」
「なんだお嬢ちゃん、知り合いでもいるのか?」
シャーリィの呟きにボルティモアが反応を示す。
「そうですね。貴方のスポンサーとは親しい間柄、とだけ答えておきます」
シャーリィの言葉にボルティモアは無表情になる。
「……何の話だ?」
「答える必要はありませんよ。ただ、私達の利害は一致しています。貴方のスポンサーが私を裏切らない限り、私は貴方の味方です」
「……末恐ろしいお嬢ちゃんだ。一体何処まで知ってるのやら」
「これまで確信は持てませんでしたが、貴方と会って答えを見つけられただけですよ」
「……。」
「今回帝都に出向いた理由のひとつは、貴方と接触するためです。大海賊キャプテン・ボルティモアとダイダロス商会とは末長く良好な関係を構築したいので。我が暁の利益の大半はあなた方との交易で成り立っていますから」
もちろんシャーリィとしても西部との交易を拡大させることで、リスクを分けて万が一の事態に備えてはいるが。
「まあ、そうだな。うちもお嬢ちゃん達との取引で随分と儲けさせて貰ってる。含むところは無ぇ」
「ええ、スポンサーさんの真意は関係ありません。お互いに儲けられれば良いと考えています」
「ははっ!後は知らねぇってか?可愛い顔してえげつないお嬢ちゃんだ」
シャーリィの宣言にボルティモアも笑みを浮かべる。
シャーリィにとって復讐と大切なものを護るのが最優先であり、国家の思惑などは二の次なのである。