テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
11月も終わりに近付き、クリスマス一色な世の中。
なのに私は……。
ウキウキどころか、毎日どんよりと心は曇ってます。
今日も仕事を与えてもらえず、やった仕事と言えばお茶汲み。
それから黒崎先輩から再び大量のホッチキス留め作業の依頼があり、それをせっせとこなしていた。
もう私、このままホッチキス留めのプロになりそう……。
あぁ、もう帰りたい……。
「派遣さん?」
「はい」
「明日、暇かしら?」
えっ?
宮崎さんにそう言われて、作業していた手が止まった。
「明日、文化祭があるんだけどね」
明日は土曜日で、この学校は文化祭があるんだった。
えぇ!まさか!
一緒に回らない?みたいなお誘い?
「そ、そうなんですね」
「片付け、人手が足りないから派遣さんも手伝って?」
「はい?」
「あなた、どーせ明日休みで暇でしょ?」
宮崎さんは“どーせ”と“暇”を強調して言った。
「えぇ、まぁ……」
「決まりね、明日の15時に体育館に来てね」
「はい、わかりました」
これは休日出勤になりますか?とも聞けず。
まぁ、彼氏いない歴=年齢の私は休日にデートをする人もいなくて、1日中ゴロゴロしてるだけだし、来いと言われれば行きますけどね。
次の日ーー。
私は宮崎さんに言われた通り、15時に学校に行った。
片付けだからスーツじゃなく普段着で。
生徒たちも保護者も帰ったあとみたいで、校内はシーンとしていた。
体育館に行くと、何人かの先生たちが集まっていた。
でも、指示を出した宮崎さんや事務室の職員さんたちの姿が見えない。
人に来いと言っといて自分たちは来てないってどういうこと?
「お前、何しに来たの?」
体育館に入り、何をしていいのかわからずボーと突っ立っているところに黒崎先輩に声をかけられた。
いつものスーツに白衣じゃなくてジャージ姿の黒崎先輩。
「宮崎さんに言われて来たんです。文化祭の片付けを手伝えって」
「事務室の職員は今日は休みだぞ?片付けは教員の仕事だし」
だから職員さんはいなかったんだ。
あぁぁぁ!!
騙された!
「まぁ、せっかく来たんだし片付け手伝えば?」
「そうですね。でも何をしたら……」
その時……。
「危ない!」
そんな声が聞こえ、私が振り向くと、壁に立て掛けてあった大きな脚立が倒れてきていた。
私に向かって倒れてくる脚立。
周りから悲鳴や“逃げろ!”“危ない!”の声。
でも私は恐怖で足が震えて、その場から動けなくなっていた。
もうダメ……。
私は目をギュッと閉じ、手で頭を守った。
その瞬間、身体が床に倒れた衝撃があった。
周りから聞こえる悲鳴。
…………でも、あれ?
身体は床に倒れた衝撃で多少痛みがあっけど、あまり痛くない。
それに何かに守られてるような……。
私はゆっくりと目を開けた。
えっ?
黒崎、先輩?
私を抱きしめるような格好で、黒崎先輩が私の上に覆い被さっていた。
“ドクン”と跳ね上がる心臓。
「黒崎先輩?」
「大丈夫か?」
少し苦しそうに顔を歪めながらそう聞いてきた黒崎先輩。
涙がポロポロと溢れていく。
私を庇ったせいで黒崎先輩が……。
黒崎先輩は涙が止まらなくて嗚咽を吐きながら泣く私を見て力なく笑った。
周りにいた他の先生方が私と黒崎先輩を救出してくれた。
床に座り込んで泣く私。
床に倒れたまま動けない黒崎先輩。
ジャージのズボンの裾を捲り上げていたため、ふくらはぎから血が出ている。
救急車が呼ばれて、黒崎先輩は校長先生が付き添い病院に運ばれた。
私は若い女の先生がずっと背中を摩ってくれていて、落ち着いた頃、車で家まで送ってくれた。
「ありがとうございました」
私は送ってくれた先生に頭を下げてお礼を言った。
「ううん。高原さんだっけ?事務の派遣してるんだよね?」
高原さん。
名字で呼ばれた事が凄く嬉しかった。
「はい……」
「災難だったね……」
「いえ……」
私よりも黒崎先輩の方がもっと災難だったと思う。
私があの場所に行かなければ、あんなことにはならなかったわけだし。
「自分を責めないでね」
「ありがとうございます……」
「あっ!そうだ!」
送ってくれた先生は何か思い出すように、そう言うとカバンの中を漁った。
「あった!」
先生が出してきたのは1枚の紙切れ。
「黒崎先生が運ばれた病院名と入院してる病室の番号。これ高原さんにあげるね」
「えっ?」
「お見舞いに行って来たら?」
送ってくれた先生はそう言って紙切れを差し出すとニッコリ笑った。
私はそれを受け取る。
「じゃあ、私はこれで」
「はい、ありがとうございました」
もう一度、頭を下げた。
私は送ってくれた先生がアパートの階段を下りて行くまで廊下で見送っていた。