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夜の風が、草木の匂いを運んでいた。山の上、古びた祠の裏にある石段の上。
そこに、ひとり佇む影があった。
凩 侃。
今日も訓練を終え、ひとり静かに刀を研いでいた。
その横顔は淡々とした無表情――だが、心の奥底では決して静かではなかった。
(……あの人は、なぜ俺を殺さなかった?)
(“連れてこい”と言われていたのに、なぜ……)
(会いたいと思っていたのは、俺だけじゃなかった……?)
ふと、刀を置いた瞬間だった。
背後に、気配。
気配を感じた刹那、侃は即座に立ち上がり、刀を抜く。
だがその場にいたのは――
「よォ。ずいぶん警戒してるな、柱さんよ」
赤と青の痣。武道家の構え。
上弦の参――猗窩座。
「……また、お前か」
「会いに来た」
その言葉は、真っ直ぐだった。
剣を振るうでもなく、威圧するでもない。
ただ、会いに来た。それだけ。
侃は少しだけ眉をひそめる。
「……また、鬼になれって言いに来たのか?」
「違う。今日は……お前を、連れて行こうと思ってな」
一瞬、風が止まった。
⸻
対話――静かな火花
「……ふざけてるのか」
「本気だ。お前を、“あんな連中”の手の届かねぇところまで連れて行ってやる。
鬼殺隊も、無惨も、誰の手も届かない――ただ、俺とお前だけの場所へ」
「……それが、優しさか? 俺を鬼から守るために、誘拐でもするつもりか」
「そうだ。……悪いが、お前を見捨てる気にはなれねぇ」
猗窩座の目には、憎しみも飢えもなかった。
ただ、真っ直ぐな願いだけが宿っていた。
「俺があの時、お前を助けた理由、わかるか?」
「……子どもだったから。鬼殺隊だと勘違いしてたから。そんなとこだろ」
「違う」
猗窩座が、静かに否定した。
「俺が、お前を見て――“生きててほしい”って思ったからだ」
侃の目が、揺れる。
「……あの時、俺はもう何も信じてなかった。
家族も、仲間も、力も、全部失って、冷たくなってた。
でも、お前だけは……あの目だけは――生きててほしいと思ったんだ」
その言葉に、侃は一歩だけ猗窩座に近づく。
「……勝手だな。お前が助けたせいで、俺は……お前を追うようになって、
結局、お前が鬼だって知って、裏切られたような気になって……」
「それでも、会いたかったんだろ?」
侃は、言葉を返せなかった。
静寂。
風の音。
虫の声。
夜の世界が、二人を包んだ。
⸻
そして――猗窩座の決意
「このままじゃ、お前は“鬼にされる”。
あの無惨が、お前を放っておくわけがねぇ。
だったら、俺が先に――」
「……無理だ。柱を、捨てられない」
「なんでだよ」
「お前はもう十分、頑張ったろ?強さも手に入れた。仲間もいる。なのに――なぜ、自分を犠牲にしてまで……!」
「……仲間が、いるからだ」
猗窩座が、息を呑む。
「俺は……もう、ひとりで戦ってるわけじゃない。
俺が“斬らなかった”ことを、柱たちは責めなかった。
信じてくれた。それだけで、俺はもう、ここにいる意味がある」
「……それでも、連れていくって言うのか?」
「……」
猗窩座の手が、ゆっくりと侃の頬に伸びる。
だが、その手は――途中で止まった。
「……お前が、俺を見て泣いたとき。
俺は……“鬼”でも、まだ、誰かを守れるかもしれないって思ったんだ」
「なら……」
「行かないよ」
侃は言った。
それが、彼の“答え”だった。
「俺はここで、“柱”として生きる。
たとえ鬼になっても、人間として、誰かを守るために――“ここ”にいる」
猗窩座は、何も言わなかった。
ただその姿を見て、ゆっくりと背を向けた。
「……そうか」
「また来るよ、坊主」
「……もう、坊主じゃない」
「……いや、あのときのお前は、ずっとここに残ってる」
そう言って、彼は夜の中へと消えていった。
⸻
影の中、蠢く“もう一つの計画”
「猗窩座は信用ならんな。ならば――次は“別の上弦”を送るとしよう」
鬼舞辻 無惨が冷たく言った。
「凛柱――今度は、強制的に鬼にしてやる」
夜は、音もなく深まっていく。