「僕と付き合ってほしい」
今、目の前で、私の大好きな先輩が告白している。
嫌だ、心が痛い。
胸が苦しいよ……
だって、告白されてるのは……私じゃない。
同じ職場で働く美人の菜々子先輩だから――
「うん、いいよ」
顔を赤らめて答える菜々子先輩。
そっか、告白、成功したんだ……
一弥(かずや)先輩と奈々子先輩。
両想いだったんだ。
美男美女ですごくお似合い。
たまたま通りかかった私に気付きもしないで。
きっと幸せ過ぎて、2人だけの世界に入り込んでいるのだろう。
大好きな先輩は、もう私に振り向くことはない。
自然に涙が溢れ、目を閉じると頬に熱いものがこぼれた。
初秋の少し冷たい風が、その頬を撫でるように通り過ぎていった。
1年間、しっかり片想いをして、そして……
私は、今日、見事に失恋した。
気づけば、一人暮らしのマンションに戻って、浴室にいた。
汗をかいたわけではない。
でも、ただ、今すぐにシャワーを浴びたかった。
髪をシャンプーしながら、私は大声で泣いた。
こんなに泣いたのは初めてかも知れない。
先輩への思いを全て洗い流してスッキリしたかったのに、どんどんつらくなっていく……
湯船に浸かって泣きすぎて……
涙は、もう残っていない。
一弥先輩の笑う顔が大好きだった。
冗談を言って、私の頭をポンポンしてくれたり。
仕事のミスをかばってくれたり……
優しい言葉でいつも私を励ましてくれた。
いつの間にか、私の心は全て先輩で埋め尽くされてた。
先輩が私を好きだなんて、そんなことを思ってたわけではないけれど……
でも、でも、少しは期待しちゃうじゃない。
あんなに優しくされたら誰だって……
ズルいよ、一弥先輩。
「おはよう。恭香(きょうか)」
私を呼ぶ声に振り向いたら、親友の夏希がいた。
浜辺 夏希(はまべ なつき)。
目鼻立ちがはっきりしていて、ショートカットが爽やかな美人。
「今から仕事だって言うのにどした? なんか暗くない?」
そりゃそうだよ。
あなたの目の前にいるのは、失恋ホヤホヤの可哀想な女なんだから――
「あ~夏希、ごめん。今日は元気出ないかも」
仕方なく苦笑いでごまかす。
「さては一弥先輩に嫌われたかぁ?」
今、その冗談はキツイ。
好かれもしない、嫌われもしない、先輩は私に興味がないんだ。
あんな場面を見たのだから、ちゃんと諦めなければ……と思う。
でも、そんな簡単には諦められない。
ううん、諦められないんじゃない、忘れられないんだ。
同じ職場、同じフロア、同じチームで働いている先輩。
毎日、顔を合わせる人。
すぐに忘れるなんて、絶対、無理だ。
「あ、一弥先輩おはようございます」
夏希がドアの方を見て言った。
「おはよう。恭香ちゃん、夏希ちゃん」
笑顔の先輩の登場にドキッとした。
昨日は良いことがあったのだから、笑顔になって当然だ。
「どうしたの? なんか真剣な話し? お邪魔だったかな?」
「いえいえ。恭香が元気なかったんで男にフラれたかと心配してたんです」
「ちょ、ちょっとそんな適当なこと言わないでよ」
夏希は、天然な明るさがある。それゆえ、時々空気を読めない発言をしてしまうことがある。
まあ、そこも可愛いところなんだけれど……
「恭香ちゃん、本当? 良かったらいつでも相談に乗るから元気出して」
「あ、ありがとうございます」
またまた笑顔がひきつる。
この件に関して、あなたは一番相談できない相手。
「先輩、私のことはいいんで仕事しましょ」
とにかく、今は一生懸命仕事に打ち込んで、一秒でも早く一弥先輩を忘れられるように努力する。
それが私自身のためなのだから――