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「僕と付き合ってほしい」
今、目の前で、私の大好きな先輩が告白している。
嫌だ、心が痛い。
胸が苦しいよ……
だって、告白されてるのは……私じゃない。
同じ職場で働く美人の菜々子先輩だから――
「うん……いいわよ」
ほんの少し顔を赤らめて答える菜々子先輩。
そっか、告白、成功したんだ……
一弥(かずや)先輩と奈々子先輩。
両想いだったんだ。
美男美女ですごくお似合い。
たまたま通りかかった私に気付きもしないで。
きっと幸せ過ぎて、2人だけの世界に入り込んでいるのだろう。
大好きな先輩は、もう私に振り向くことはない。
自然に涙が溢れ、目を閉じると頬に熱いものがこぼれた。
初秋の少し冷たい風が、その頬を撫でるように通り過ぎていった。
1年間、しっかり片想いをして、そして……
私は、今日、見事に失恋した。
気づけば、一人暮らしのマンションに戻って、浴室にいた。
汗をかいたわけではない。
でも、ただ、今すぐにシャワーを浴びたかった。
髪をシャンプーしながら、私は大声で泣いた。
こんなに泣いたのは初めてかも知れない。
先輩への思いを全て洗い流してスッキリしたかったのに、どんどんつらくなっていく……
湯船に浸かって泣きすぎて……
涙は、もう残っていない。
一弥先輩の笑う顔が大好きだった。
冗談を言って、私の頭をポンポンしてくれたり。
仕事のミスをかばってくれたり……
優しい言葉でいつも私を励ましてくれた。
いつの間にか、私の心は全て先輩で埋め尽くされていた。
先輩が私を好きだなんて、そんなことを思ってたわけではないけれど……
でも、でも、少しは期待しちゃうじゃない。
あんなに優しくされたら誰だって……
ズルいよ、一弥先輩。
***
「おはよう。恭香(きょうか)」
仕事場の広いフロア。
私を呼ぶ声に振り向いたら、親友の夏希がいた。
浜辺 夏希(はまべ なつき)。
目鼻立ちがはっきりしていて、ショートカットが爽やかな美人。
「今から仕事だって言うのにどうしたの? 恭香、なんか暗くない? 何かあった? 夏希様が相談に乗ってあげようか?」
そりゃそうだよ。
あなたの目の前にいるのは、失恋ホヤホヤの可哀想な女なんだから――
「夏希、ごめん。……まあ、確かに今日は元気出ないかも」
仕方なく苦笑いでごまかす。
「あ~、さては恭香ちゃん、一弥先輩に嫌われたかぁ?」
「や、やめてよ。変なこと言わないで」
今、その冗談はキツイ。
好かれもしない、嫌われもしない、先輩は私に興味がないんだ。
あんな場面を見たのだから、ちゃんと諦めなければいけない……と思う。
でも、そんなに簡単には諦められない。
ううん、諦められないんじゃない、忘れられないんだ。
同じ職場、同じフロア、同じチームで働いている先輩。
毎日、顔を合わせる人。
すぐに忘れるなんて、絶対、無理だ――
「あ! 一弥先輩! おはようございます」
夏希が、ドアの方を見て手を振りながら言った。
「おはよう。恭香ちゃん、夏希ちゃん。2人とも早いね」
笑顔の先輩の登場にドキッとした。
昨日は良いことがあったのだから、笑顔になって当然だ。
「一弥先輩、お、おはようございます」
「恭香ちゃん、おはよう。ん? どうしたの? 2人でなんか真剣な話しでもしてたかな? もしかしてお邪魔だった?」
「いえいえ。恭香が元気なかったんで男にフラれたかと心配してたんです」
「ちょ、ちょっとそんな適当なこと言わないでよ」
夏希は、天然な明るさがある。それゆえ、時々空気を読めない発言をしてしまい……
まあ、そこも可愛いところなんだけれど。
「恭香ちゃん、本当? 男に……フラれたって……?」
「ち、違います! 夏希が勝手に変なこと言ってるだけです。私、彼氏とかいないんで」
「……そっか。でも、もし何か悩んでることがあるならいつでも相談に乗るから言ってね。元気出して」
「あ、ありがとうございます。でも、全然大丈夫なんで。すみません、気にしないでください。本当にごめんなさい」
「あ、ああ。本当に大丈夫? 何かあったら遠慮せずにいつでも言って。恭香ちゃんが元気ないと心配だから」
「……はい。あ、ありがとうございます」
一弥先輩の優しさは嬉しい。
だけれど、今の私はきっと笑顔がひきつっているだろう。
この件に関して、あなたは一番相談できない相手だから。
「せ、先輩、私のことはいいんで早く仕事しましょ」
「あ、ああ、うん。そうだね、仕事しよう」
「は~い、今日も1日、頑張っていきましょう~!」
夏希の元気をほんの少しだけでもわけてもらいたい。
とにかく、今は一生懸命仕事に打ち込んで、一秒でも早く一弥先輩を忘れられるように努力しなければ。
それが私自身のためなのだから――
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