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鬼の襲撃に遭った夜
・・・・・・・・・・・
“あの夜”柊依さんと出会ったことは、無一郎には内緒にしていた。鬼殺隊の剣士になりたいという弟に、俺が鬼に襲われて鬼殺隊の人に助けてもらったなんて話したら、きっと更に剣士になることへの願望が強くなってしまうと思ったから。
相変わらず、産屋敷あまねは俺たちを鬼殺隊に誘う為、足を運んでくる。
本物の鬼と遭遇して、鬼殺隊の人がそれをやっつけるのを目の当たりにして、改めて、あんな危険なところに弟を行かせられないという気持ちが強くなった。
だから俺はこんな山奥まで懲りずにやって来る鬼殺隊当主の妻を追い返し続けた。そして俺が彼女に水を浴びせかけた日から、俺と無一郎は口を利かなくなった。
無一郎は俺のことなんか嫌いだろう。俺は余裕がなくていつも弟に冷たく当たってしまっていたし、産屋敷あまねに我ながら酷いことをしているし。でもいい。お前を守れるのなら。嫌われたって憎まれたってこのやり方を貫く。たったひとり残された家族を、また失って堪るもんか。あんな…、胸が張り裂けそうな悲しい思いをするのはもうたくさんだ……。
夏になった。その年の夏は暑くて、夜になっても蝉が鳴いているくらいだった。
昼間も暑いし夜も暑くて寝苦しい。俺も無一郎も苛々していた。
布団も着ずに、窓も戸も開けて寝ていた俺たち。
ごそ……
無一郎が起き出し、甕の中に溜めた水を飲む。それを俺は薄目を開けて見ていた。
そこへ、音も立てず“何か”がやって来た。
「…なーんだガキかよぉ……」
“それ”は不満そうな声を漏らした。のこのこと家の中に入ってくる。
一瞬で、“それ”があの夜自分が遭遇した“鬼”と同じものだと理解した。
無一郎は何事かと驚いている。
「…まあいいか。喰う量が大人に比べて少ないが、子どもの肉は柔らかくて旨いし、2人いるから両方喰えばいいしな!!」
そう言うや否や、鬼は無一郎に襲い掛かった。
「無一郎!!」
咄嗟に無一郎を庇おうと、俺は2人の前に飛び出した。
鬼の鋭い爪が振り下ろされる。
ああ、俺、腕が失くなる……。いや、それどころじゃなく死ぬかもしれない。
そう思ったその瞬間。
ザシュッ!!
「ギャッ!?」
鬼が悲鳴を上げた。
フウウウウゥゥ……
“誰か”の息遣いが聞こえた。後ろを振り返ると、見覚えのある女の人が。
「!!」
柊依さんだった。どうしてここに!?
『2人共、怪我は!?』
「あっ、えっと……」
「お姉さん…、誰…?」
俺たちがひとまず無事だと分かり、柊依さんは一瞬だけほっとしたように微笑んだ。そしてすぐにまた目の前の鬼と向き合う。
「鬼殺隊だな?…しかも女だ。肉に弾力があって若ければ若い程旨い。今日はいい夜だなあ。3人もいっぺんに喰えるなんてな」
!…柊依さんが斬った筈の鬼の腕が再生している。鬼は腕も生やせるのか!?
『この子たちを喰いたいなら、まずは私を殺してみなさい』
あの時出会った時よりも低い声が柊依さんの喉から放たれた。
その次の瞬間。
“花の呼吸・壱ノ型 瑠璃玉薊”
スパァンッ!!
瞬きひとつの間に、柊依さんが鬼の頸を斬り落とした。
ビシャァッ!!
鬼の血が辺りに飛び散る。
カチンッ…
ボロッ……
柊依さんが刀を納めるのと、鬼の頭や身体が崩れて塵になって消えるのがほぼ同時だった。
鬼の全身が消え去ったのを確認してから、柊依さんが俺たちのほうに向き直る。
『2人共、怪我はない?』
「あ…、僕は大丈夫……。でも兄さんが…」
「えっ」
無一郎に言われて気が付いた。鬼の爪が掠めた左腕からダラダラと血が流れていたことに。
『ちょっと見せてね』
柊依さんが俺の腕の怪我を見て、鞄から処置道具を取り出し、血を拭いて、手際よく消毒して薬をつけてくれる。
長い睫毛に縁取られた群青色の瞳。光の加減によっては露草色にも見える。
きれい……。
手当てをしてくれる柊依さんをぼんやり眺めていたら、終わったみたいだ。
「…あの…、お姉さんは、“鬼殺隊”の人?」
『ええ。私は鬼殺隊・花柱の倭柊依です』
「やっぱり!すごく格好よかった!助けてくれてありがとう!」
無一郎がぱっと笑顔になった。
『あなたたちが無事で何よりよ。間に合ってよかった』
柊依さんが笑った。俺を助けてくれた時にも見せた、優しい笑顔だった。
「僕は時透無一郎。こっちは双子の兄さんの有一郎。ここで2人で暮らしてるんだ」
『そう…』
ちらりと俺を見る柊依さんと目が合った。無一郎には“あのこと”は伏せていたから、知り合いのようにして柊依さんにお礼を言うことはできなかった。
それを悟ったのか、柊依さんは本当に初めて会ったかのように俺たちに接してくれた。
『ご両親は?』
「…去年死んじゃった。母さんは病気で、父さんは薬草を取りに行って崖から落ちて……」
言いながら無一郎の目から涙が零れ落ちた。
『そう…。つらかったね』
柊依さんが無一郎の頭をそっと撫でて、ハンカチで涙を拭いてやっていた。俺にもそうしてくれたように。
『…ねえ。あなたたちのところに、鬼殺隊の当主の奥様が訪ねてこなかった?』
「来たよ。剣士にならないかって言われたけど…」
無一郎が黙ったままの俺を横目で見た。
「兄さんは反対してる。あまね様を毎回追い返すんだ」
悪かったな。性悪な兄貴で。
『無一郎くんは剣士になりたいの?』
「うん!さっき柊依さんが僕らを助けてくれたみたいに、僕たちも鬼に襲われて困ってる人たちを助けてあげたい」
『そっか。…有一郎くんは反対なのね?』
「…うん」
詳細はこの前話しているから。柊依さんもそれ以上は聞いてこなかった。
『…あのね。私がここに来たのは、お館様とあまね様の頼みだったの 』
「「えっ」」
『鬼殺隊当主の産屋敷一族は、昔から先見の明が凄まじくて。そこに嫁いだあまね様も神職の家系のお生まれで、時々予知夢を見ていらしたの。それでね、何か嫌な予感がするからと仰って、景信山に赴いて、そこで暮らす双子の兄弟の様子を見てきてほしいって頼まれたのよ 』
そうだったんだ……。
『有一郎くん、無一郎くん。私と一緒に鬼殺隊の本部に行かない?』
「え……」
『ご両親を亡くして、子ども2人だけで暮らしているのは心配。1年近くそれができていたとしても、ここは人里から大分離れてるし、何かあった時にすぐに助けを呼べないでしょ。野盗や獣どころじゃなく、さっきみたいに鬼に襲われる可能性だってあるのよ』
「………」
『無理に剣士になれとは言わないわ。ただ、あなたたちに安全な場所にいてほしい。あまね様も5児の母だもの。きっとそんなお考えがおありなんだと思う』
あの女も“お母さん”なのか……。
「……でも…」
『うん』
やっと口を開いた俺に無一郎と柊依さんが目を向ける。
「父さんと母さんを、ここに置き去りにするわけにはいかないよ…」
家族4人の思い出の詰まった家。生まれ育った大好きな家。大好きな父さんと母さんを置き去りにして、俺たちは安全な場所で暮らすなんて。
『そっか。…じゃあ、こういうのはどう? 』
「「?」」
『ご両親も鬼殺隊の本部の近くの墓地に入っていただくの。お墓を移す儀式もちゃんとして、丁寧に供養するの』
「お墓を移すって…、そんなことできるの? 」
『できるよ。移っていただく為の儀式と、移っていただいた後の儀式を両方して、その場所で供養を続けていくの。鬼殺隊の仲間には元僧侶の方もいるし、提携してるお寺やお宮もあるから、手厚く供養してくれるわ。…今すぐにとはいかないかもしれないけど、必ずそうするって約束する。私が責任を持ってお館様にお願いするから』
そんなことができるんだ。そしたら父さんも母さんも寂しくないのかな……。
『このお家も状態を維持して管理していただくよう頼むわ。2人がいつでも好きな時に、ご両親との思い出の詰まったお家に帰ってこられるようにね』
柊依さん……。俺、何も言ってないのに。ここまで俺の不安を軽くするようなことを考えて提案してくれるなんて。
『…少し考えてみて。2人でじっくり話し合ってね』
そう言って、柊依さんは家を出て行こうとした。それを無一郎が慌てて引き止める。
「ひよりさんっ…!どこ行くの?」
『外を見張ってる。…一度鬼が来るとね、その足跡を辿って他の鬼がやって来ることがあるの。鬼は日が昇ると隠れて出てこなくなる。朝になったらまた来るから、2人はお家の中にいて。暑いだろうけど、窓も扉も閉めて鍵もかけておいてね』
「そんな!危ないよ!」
「ひよりさんもここにいて!」
彼女のおかげで命が助かった俺たち。さっきの恐怖を思い出してまた不安になる。
『大丈夫よ。私、強いから』
柊依さんが微笑んだ。月明かりに照らされたその笑顔はとても綺麗だった。
『あなたたちのことは私が必ず守る。朝になったら扉を5回ノックするわ。5回ね。それまで“誰か”が扉を叩いても、5回じゃなかったら絶対に開けちゃだめ。いいわね?』
「う、うん…」
『眠れないかもしれないけど、休めそうだったら少しでも休んでね。…それじゃあ、また後でね』
「あっ、柊依さん!」
行っちゃった……。
不安で心配で仕方ないけれど、今は言われた通りにするしかない。
俺と無一郎は指示通り、扉と窓を閉めて鍵をかけ、内側から棒を突っ張って外から開けられないようにした。
「…兄さん……」
「……ん」
久々に無一郎と口を利いた。
「ひよりさんと一緒に行こう?僕たちのこと助けてくれたし、父さんたちの供養のことも考えてくれてさ。すごく優しくていい人だよ 」
「…………」
「剣士にならなくてもいいって。兄さんが反対なら僕も剣士になるのは諦めるから。大人の人がすぐ傍にいる、鬼殺隊に行こう?」
無一郎が目を潤ませた。
「僕は兄さんを…、大事な家族をもう二度と失いたくない……」
頬に零れた涙を拭う無一郎。
「……それは俺だって同じだよ…」
「!…僕のことが嫌いなんじゃないの?」
「そんなことありえない。…俺はっ…お前が大事だから…、俺だってたったひとりの家族を失いたくなくて…」
俺も泣いてしまった。ぼろぼろと涙が頬を伝う。
「兄さんっ!」
「…うぅっ…」
無一郎が抱き着いてきた。俺も弟の身体に腕を回す。
「…柊依さんと一緒に鬼殺隊に行こう。無一郎が剣士になるって言うなら、俺もそうする。危険なところにお前1人行かせられないから 」
「兄さん……。ありがとう…!」
涙を拭いて、身を寄せ合いながら扉を見つめる俺たち。
「…ひよりさん…、大丈夫かな……」
「信じて待つしかないだろ……」
長い夜だ。戸も窓も閉めきっているのに、暑いどころか肌寒ささえ感じる。
家の外からは時折、“何か”が戦っているような音がする。耳を塞ぎたくなるような“何か”の断末魔も聞こえてくる。
その度に俺たちはぎゅっと手を握り合って部屋の隅で身体を震わせていた。
夏は日が昇るのが早い。なのに辺りが明るくなるまでの数時間がとてつもなく長く感じた。
トン、トン、トン、トン、トン
ゆっくりと5回、扉を叩く音がした。
「ひよりさん!」
無一郎が一目散に扉のほうへ駆けていき、突っ張り棒を外して鍵を開け、戸を開けた。
『2人共、何ともなかった?』
そこには数時間振りの柊依さんの優しい笑顔があった。
「ひよりさんっ…!」
無一郎がぎゅっと柊依さんにしがみつく。優しく頭を撫でられて、無一郎が堪らず泣き出した。
俺も泣きそうなのを必死で堪えながら柊依さんのところに行った。
『有一郎くんも、無事でよかった』
あの時と変わらない包み込むような優しい笑顔を向けてくれた柊依さん。とうとう零れてしまった涙をそっと拭ってくれる。
『…さあ、扉と窓を全開にして。鬼の血で臭かったでしょ?我慢させてごめんね』
言われるまで意識していなかったし、それどころじゃなかったから。 柊依さんが斬った鬼の血の匂いが家の中に立ちこめていることにそこでようやく気付いた。
『陽の光に当たれば鬼の血も消えるから』
扉と、家中の窓を開け放つ俺と無一郎。柊依さんが言った通り、その辺に飛び散った鬼の血は太陽の光に当たった途端、消えていった。
『よかった。綺麗に消えた』
安心したように柊依さんが笑った。
「……柊依さん。さっきの話なんだけどね…」
『うん』
「俺たちを一緒に連れて行ってください。お願いします」
「お願いします!」
2人で頭を下げる。
『ほんとにいいのね?』
「「うん」 」
頷いた俺たちを見て、柊依さんがまた微笑んだ。
『…たくさん悩んだでしょう。信じてくれて、決断してくれてありがとう。…そしたら、早速準備をしましょうか』
「はい!」
「うん!」
俺たちは必要最低限の荷物を纏めて、柊依さんと一緒に父さんと母さんの墓に手を合わせてから、産まれ育った家を離れ、鬼殺隊の本部へと向かった。
続く