テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
羊と亀のお遊戯会
515
#名探偵
空蝉 桜
136
おきつね
101
コメント
1件
うわっ、第26話めっちゃ沁みた……! 百子さんようやく離婚届出せたんだね。「晴れて旧姓に戻った」って表現に彼女の解放感がにじんでて、こっちまでホッとしたよ。山下さんが手紙を手にしたときの「待ちくたびれた」から「嬉しい」への変化、丁寧で好き。そして76の過去パート、元妻・真理さんの壮絶な姑イジメ、胸が痛い……家計簿や下着の統一とか、リアルすぎて言葉が出なかった。そんな傷を抱えながら「あまり多くは望まない」って言える山下さん、すごく大人で切ない。この3編、百子と山下の関係が静かに動き出した感じがして続きが気になる🔥
74 ◇百子の手紙
伸之の会社が倒産し、両親共々賃貸アパートに入居したものの、
翌月の賃貸料にもことかく状況で寒さを凌ぐための暖房機器を買うお金もなく、
恥を忍んで百子のところへ伸之がお金を借りに来たのはその年の最後の月だった
のだが……。
――――― 遡ることその11か月前 ―――――
百子はその年の正月の三が日を終えた数日後に
世情を鑑みて速攻離婚届けを出していた。
その日は気温が10.3℃お天気の良い日だった。
山下には賀状を送っていたが、暮れに出した時はまだ離婚届けを
出していなかったので石田性で出していた。
しかし、今や晴れて?
離婚を迫られて旧姓に戻っただけなのに『晴れて』というのもおかしな
表現なのだが、本当に百子はこの時、晴れて旧姓に戻れた……
という感覚だった。
ちょうど山下と映画の完成披露試写会で再会した日から
1年余りの月日が流れていた。
山下が以前百子に、まだ石田さんと呼んでいいのかと尋ねてきたことがあり、
そのことがふと脳裏をよぎった。
それでなんとなく彼にさり気なく旧姓に戻りましたよと分かるような
ハガキなり手紙なりを出してみようと思い立ったのだ。
ようやく離婚届けを出せたことで誰かに向けて『自分は旧姓に戻ったんだぞー』って
言いたい気持ちでいっぱいになり、気軽に言えそうな相手がちょうど山下だった。
大抵は離婚した話などすると、きっと気の毒がって慰めてきたりするだろう。
でも山下はすでに自分の身に起きたことや離婚することをすでに知っている人物で
そういった煩わしさもないと思われ、そして何よりこの先頻繁に同じ時間を共有しな
ければならない関係性でもなく気楽だ。
百子は思い立つとすぐに近況報告として、正月を実家の両親や子供たちと
自宅の庭先で七輪を出して焼肉パーティーしたことなどを手紙にしたためて
出した。
手紙に離婚したことを具体的に書くことはなかった。
差出人の名前を『秋野百子』と記したのみ。
果たして彼はこれで気付くだろうか。
ようやく今頃自分が離婚したことを……。
75 ◇あまり多くは望まない
まだまだ寒さの続く新春の候、届いた封書に山下はまず差出人の名を確認。
それはつい先日賀状を貰った相手からの手紙だった。
『秋野百子』と書かれてある。
そっか、ついに彼女は独り身になったんだな。
いつかの日に公園で百子の小説が土台となる映画化に
2人で喜びを分かち合った。
本当に自分たちはうれしかったのだ。
同じ喜びをタイムリーに別の人間と同時に喜びあえるなんて
人生にそうそうあることではない。
厳しい試練を潜り抜けてきた女性なのに、ギスギスしたところもなく
たおやかで大人の雰囲気を上手く醸し出している素敵な人だと思った。
たぶんこの頃からではなかったか。
山下がこの年上の既婚者に、より一層好意を持ち始めたのは。
それからまたしばらくして約束していた完成披露試写会で彼女と再会。
けれど、彼女はまだ既婚者のままだった。
正直待ちくたびれた感はあった。
けれど、彼女が独身に戻った時にまだ自分の中の気持ちが継続していたら
アプローチしようと決めていた。
そして年賀状からあまり日にちを置かずに届いた手紙。
そこには直近の家族の様子が何気に書かれてあり、特にこれといって
自分に報告しなければならないような類のことは何も書かれていない。
まず、手紙を手にした時山下が考えたことは『特に何もなく、ただ彼女とその家族の
日常が書かれてあるだけの手紙を何故自分に送ってきたのだろう?』ということだった。
人というものは何もないのに親しくもない人間に手紙など書かないものだ。
大抵は何がしかのメッセージがあってこその手紙だろうと思える。
思い当たる節といえば、やはりアレか。
封筒の裏に小さく書かれた『秋野百子』の文字。
山下はこれしか思いつかなかった。
自分が一度彼女に、まだ苗字は石田なのか……みたいなことをちらっと
訊いたことがあり、そのことを彼女は覚えてくれていたのかもしれないなぁと思った。
そこまで考えが及ぶと、時間差で貰った手紙のことが嬉しくなるのだった。
しかし、彼女が自分を異性としてほとんど意識してないのは
理解してもいる。
それでも彼女が自分と一緒にいて楽しいと思ってもらえるなら
いいんじゃないかと思う。
時々会ってふたりの楽しい時間が持てるなら自分はそれだけでも幸せだ。
あまり多くは望まない。
ほんのささやかな少しの望みが長く細く続くことの大切さを
自分は知っているから。
時に山下42才百子50才になろうとしていた。
76 ◇山下の受難
実は山下には結婚歴があり若い頃に一度結婚している。
母親と妻の折り合いが悪くすぐに離婚したため、それは
一年足らずの結婚生活となった。
山下は大学生の頃から交際していた同級生と卒業を待ってすぐに結婚した。
両親からの、ゆくゆく同居するのなら最初から親しんで慣れておいた方が
よいという言葉に従い、妻になる元木真理もすんなりと受け入れてくれたため、
新婚から両親とは二世帯住宅という形での同居生活が始まった。
山下は当時新入社員で、研修から始まり残業も多く本当に仕事を
覚えるのに必死だった。
そのため、妻の精神状態が極限まで疲弊していることに気がつかなかった。
妻も山下に対して遠慮があったのだろう、事情を話してくれたのは
別れを決意した後でだった。
話を聞いて初めは俄かに信じがたかった。
自分や妹にはやさしかった母親が妻となった真理を苛め抜いていたとは。
食事は自分たちのも真理に作らせていたようで、気に入らないからと
食事を流しに捨てさせやり直しさせたり、箪笥をチェックしていやらしい
下着だと文句をつけ真理の持っている下着を全て捨てさせ、色は肌色の下着
のみで揃えるよう買い替えさせていた。
買い物も真理に便乗する形で車を出させたあげく、トイレットペーパーは
あの店のでないとだめなのだと先に着いたスーパーにもトイレットペーパーが
あるにも拘らずそこで買わずわざわざ別の店まで移動させたり、お肉はあそこ
の店のがいいのだと更に別のスーパーに行かせたりしていた。
山下は真理が忍耐の限界に達し家を出た後でそれらのことを知った。
山下が真理からの決別のメッセージを受け取ったのは
金曜の仕事帰りの電車の中でだった。
LINEに二行……。
『もう限界です。あなたやご両親とは一緒に暮らせません。
離婚してください』
帰宅するや否や、山下はすぐに真理に連絡をした。
真理から電話で聞かされたこれまでのこと。
あの母親が……まさか!
俄かに信じられない山下だった。
電話を切った後で箪笥の中を見てみると確かに白い色の下着は一枚もなく
肌色で統一されている地味な下着ばかり。
離婚届に山下が判を押し離婚が決まれば必要なものを
取りに来ると言った真理。
下着や家計簿など自分の話したことの裏付けになるものだから
わざと置いて出たのだと言った。
家計簿を開けて見た。
同じ日付、毎度2店舗、酷い日には4店舗行かされていたのが
レシートから分かる。
トイレットペーパーだけのために4キロも離れた薬局へ行かされたり
饅頭だけのために数キロ離れた店に連れまわされたりしていたのだ。
後々の証拠のために真理は捨てさせられた食事である廃棄物の画像も後から
そっと撮影していてパソコンのフォルダーに日付をつけて保存してあった。