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77 ◇山下の結婚
山下はすぐに二世帯住宅に住む母親の元へと向かった。
台所に入ると仕出し屋で取ったと思われる空の寿司の桶や汁茶碗が
並べられていた。
「母さん、真理が……」
「ああ、あの子ねぇ、どうしようもないわ全く。
夕ご飯の支度もしないでどこほっつき歩いてるのかしら、仕事もせずに専業主婦で
楽させてもらってるのにね。
今まで黙ってたけど、もう我慢ならないわ。
司も悪い女に引っかかったわね」
山下は母親の台詞に卒倒しそうになった。
今までの自分の知っている母親はどこへ行ってしまったのか?
優しくて品があって。
今のいままで真理の主張に対して何かの間違いではないのかと……
信じられないという思いが強かったが目の前の女の台詞を聞くに、あぁ、
真理の言っていたことはたぶんほぼほぼ間違いなく本当のことなんだろうと思えた。
「ずっと、ネチネチとそうやって彼女に嫌がらせしてたのか」
「なに、あの子がそんなこと言ってんの?
嫌がらせなんてしないわよ。
司、私がそんな人間に見える?」
「じゃあどうして、真理の下着が全部肌色で形状も同じような
地味なものだけになってるんだ?」
「色気づいて、ピンクやレース柄なんてのばかり洗濯物で干しているの
見たから、慎み深くしなさいってアドバイスしただけじゃないの」
「気持ち悪いこと言うなよ。
色気づいてって、新婚の若い女性に使うような言葉じゃないだろ。
まるで自分こそ変な詮索する色気ババァじゃないか」
二人の言い合いが始まると母親の尻に敷かれている父親はリビングを
こっそりと抜け出し行ってしまった。
「親父がいるのにどうして毎度毎度真理を買い物に連れまわしてたんだよ。
食事だって捨てて作り直しさせてたんだろ」
「あんなの人の食べるものと言えないじゃない。
だからちゃんといい奥さんになれるように指導しただけよ」
否定しないのかよ~、参った。
「俺の選んだ女性にやさくしできないんだったら、最初から言ってくれりゃあよかったんだよっ。
そしたら二世帯住宅とはいえ、同居なんてしなかったのに。
真理はもう帰ってこない、俺たちは離婚になるだろう。
俺もこの家を出て行く。
この先結婚してもしなくても、母さんには二度とパートナーは紹介しない」
「ちょっと待ちなさい。この家のローンどうするのよ」
「売ってくれ。
そっちが俺の生活をむちゃくちゃにしたんだからな、ローンは知らんっ」
親父もお袋も幾ばくかのローンをまとめて返済できるだけの蓄えは
持っているのだ。
俺がこのままバックレても無問題だ。
住むところが決まれば俺も出て行く。
その後、山下は一切母親とは交流を断っている。
78 ◇山下と百子
手紙を出して数日後、山下からメールがあった。
『手紙をありがとうございます。
近況ついでに、食事でもいかがでしょうか?
久しぶりに一度お会いしませんか』と。
はて? 山下は自分が離婚したことには触れていないが、どうなのだろう。
うっかり気付いていないのか、それとも会った時にその話題を
持ち出してくるつもりなのだろうか。
山下のことだから変に気の毒がって自分を不愉快にすることは
ないだろうと思うが。
とにかく、彼に誘われて嫌な気持ちにはならなかった。
ただ百子が唯一気にしていたのは山下から
『今、小説はどうなっていますか』
と、小説のことを持ち出されることだった。
ストックはたくさんあるのに世に出されずノートとパソコンのwordの中で
ひっそりと眠っている。
そのため、折角食事に誘われたというのに心からの嬉しさには至らない。
彼の仕事柄、何かを言ってほしい気持ちと小説のことには触れてほしくない
気持ちとがないまぜになるのだ。
それは……
『新作なんですが読んでみていただけますか』
と言えるような自信がない所以であった。
そのような気持ちを抱えてはいたものの自分の出した手紙にすぐに反応を
返してくれたことはやはり嬉しいものがあり、百子はすぐに山下に返信メールを送った。
◇ ◇ ◇ ◇
北野の異人館街周辺にあるプラザホテルで食事をと山下から提案され、
百子と山下はJR三宮駅の西口で待ち合わせすることになった。
「僕は異人館街は一度周辺をざっと歩いた程度なんですけど、石田……
じゃなかった、えーっと少し距離感が近すぎるかもしれませんが
百子さんって呼ばせていただいてもいいでしょうか?
なんか今更っていうか違う苗字で呼ばせていただくのも心情的に
微妙なもので」
「え~、逆にいいんですかって聞いてしまいそうです。
ふふっ。
『百子さん』なんて呼ばれることなんてほとんどないものですから。
いいですね。
自分の名前なのに手前味噌になりますけれど……いい感じです。
ちょっと照れくさいですけど、慣れます……絶対慣れるようにしますから
名前呼びでどうぞお願いします」
「分かりました。
あぁそれでですね、歩いて15分くらいですかね。
ゆっくり歩いてそれでも20分くらいあれば着くと思いますがまぁ、
食事の後のことなども考慮して後々疲れないようにここからはタクシーで
行こうと思うのですが……」
山下さんの現地まで車でという提案は有難かった。
ラヴラヴ恋人同士ならいざ知らず、恋人同士なら熱量であっという間に
現地に着いてしまえると思うけれども、私と山下さんとの距離感で散歩がてら
歩くとして、何を話していいのか分からないもの。
「そうですね、話はお食事の時にでもゆっくりできますし」
設楽理沙
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空蝉 桜
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コメント
1件
第27話、読みました。山下が母親に「色気ババァ」って言い返すところ、思わず声が出ました…! 今まで優しい母親像を信じていただけに、あのネチネチした嫌がらせの実態が明らかになる展開、すごく胸が痛かったです。でも、きっぱり距離を置く選択をした山下には少しほっとしました。そして百子さんとの再会の約束。彼女が小説の話題を気にしている心境、とてもリアルで——自信がないからこそ触れてほしくない気持ち、よくわかります。次が気になります!