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東雲弦は全てを知っている。
空はもう暗いというのに、この通りは下品にきらびやか。それゆえ、ここでは誰もが偽装であると同時に本性でもある、矛盾を抱えた感情に対して盲目になる。
これは好きだが嫌いだとかいう、青春めいたものとは違う。好きじゃなくとも、その欲を晴らしたいという、極めて身勝手な感情。それがぶつかり合い、突き合って、弾け飛ぶ快感。
その部屋にあるのは、ただ一つの大きなベッド。男は手の甲に顎を乗せる、気取った格好で、通りの様子をふけ眺めていた。その指先にはグラスが挟まれている。この空気には見合わない白ワイン。
「悪いね、なんか。お風呂、お先にいただいちゃって」
タオルで巻き上がる髪。揺れる唇。ちょっぴり飛び散った水滴が、その言葉とともにベッドへ沈んだ。
『私では彼に届かないのだろうか』その想いは、果たして不安か孤独か。
瞼を開いた玲奈へ光が突き刺さる。桃色それでは無い。更に強い外からの光と、それを受ける晃一の影。その境界に残る輪郭だ。
「……私もワイン。貰っていい?」
「はい、もちろん良いですよ」
この刹那、衝動が彼女を駆り出した。重なる唇。白ワインの味。
『私では彼に届かない。今の私では』
感情すら超えた欲は、もはや純情そのものであった。もし不可能なのであれば、いっそこの身勝手に身体を預けてしまおう。
玲奈の瞳は妖美な光を灯す。貴方が私のモノになってくれれば、どれほど幸せなのだろうか。これは、そんな妄想に浸るためのごっこ遊びなのかもしれない。
ただ、それで別に構わない。きっと何時だってそうなのだ。愛があろうと、家庭を築こうと、我々は永遠に孤独と生きる。それを埋めるためだけの生存意義。
ならば永遠に。その妄想へ浸らせてもらえれば。そんな贅沢ができれば。
私は真に幸福と言えるだろう。
「……、俺もお風呂。良いですかね?」
「ああ、うん。ごめ……!」
再び重なる。ただし、この衝動は晃一のもの。
玲奈は呆気に取られながら、残った「ん」の音を口にした。