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「……お継母様……今、何て?」
厚い雲に覆われ、空がどんよりとしている昼下がり。昼食を終えて自室で読書を楽しんでいた一人の女性、エリス・ルビナは突如、王妃である継母に呼ばれ、彼女の書斎へとやって来た。
そして、そこで耳を疑う様なとんでもない話を聞く事になった。
「はぁ……、何度も同じ事を言わせないでちょうだい。エリス、貴方は隣国セネルの第二王子、シューベルト・セネル氏の元へ嫁ぎなさいと申したのです」
エリスが驚くのも無理は無い。
隣国セネルというのは、遥昔に当時の王位継承者同士でいざこざがあり、以降敵対国家として互いに干渉し合わないという暗黙のルールが存在していた。
それが突然、相手国へ嫁げという命令が下ったのだから驚かない筈が無いのだ。
「あの、何故急にそのようなお話になるのですか? セネルとは昔から干渉し合わない仲ですよね? それが何故、そのような話になるのですか?」
エリスがそう、継母アフロディーテに質問をすると、彼女は心底鬱陶しそうな表情を浮かべながら、
「……エルロット、エリスに説明してあげなさい」
すぐ横に控えていた宰相のエルロット・カルードゥルに面倒な説明を一任して、自身は椅子の背もたれに寄りかかって座り直すと、優雅にお茶を飲みながらその光景を黙って見守っている。
エルロットの話によると、ルビナ国の国王でエリスの父でもあるタリムが一年程前に流行病で命を落とし、以降はタリムの二番目の妻でもあったアフロディーテがエルロットや他の大臣と共に国の繁栄に尽くしてきたものの、衰退の一途を辿りつつあった。
そんな時、隣国セネルからとある打診があったのだ。
それは、【我がセネル国と友好な関係を築き、共に繁栄の手助けをしていかないか】というもの。
何故いきなりそのような話を持って来たのか、興味が沸いたらしいアフロディーテは一度セネル国王と対談の場を設けた結果、セネル国の世継ぎで第二王子でもあるシューベルトがアフロディーテの最も愛する血の繋がった娘、リリナに一目惚れをしたので彼女との結婚を実現させる為、金銭面等の手助けをする約束を条件に掲げ、国民を納得させる目的もあって和平条約を結びたいとの事だった。
衰退の一途を辿っていたルビナ国にとって援助の提案は申し分の無い話ではあるが、シューベルトは無類の女好きで気に入らなければすぐに捨てるというクズ王子という噂がアフロディーテの耳にも入っており、愛するリリナをその様な男の元へ嫁がせたくは無かった。
そこで、白羽の矢を立てたのがルビナ国の第一王女で自分とは血の繋がりの無いエリスだった。
エリスにはリリナを嫁がせたくないという私的な理由は隠し、リリナ本人がどうしても嫌がっている事、嫁ぐならば第一王女であるエリスが適任ではないかという結論に至った事に話を変えてエリスに有無を言わせない段取りを組んで話を聞かせたのだ。
「――我が国の未来の為、これは世継ぎである貴方の使命でもあります。分かっていただけますね?」
説明を一任されたエルロットが話を終えてそうエリスに問い掛ける。
「……そんな、元はリリナに来た縁談で、私は王子からすれば邪魔者でしかないのに……。王子は、それで納得しているのですか?」
話を聞いてどうしても納得のいかないエリスは黙っていたアフロディーテへ問い掛ける。
「リリナには好きな時にいつでも会えるという条件を付けたら、エリスとの結婚を了承してくれました。だから問題は無いの。貴方はシューベルト王子の機嫌を損ねず、常に笑顔で暮らしていればいい、それだけで国の未来も明るくなるし、貴方自身も何不自由無い暮らしが送れるのよ? 素晴らしい事じゃない。タリムもきっと、国の未来が明るくなる事と、娘の貴方の幸せを喜んでいるわよ」
白々しい笑顔を向けながら、思ってもいない言葉を並べ立てるアフロディーテ。
エリスはその笑顔で、全てを悟ったのだ。
アフロディーテは厄介者である自分をこの国から追い出したいと思っている事、愛するリリナを女癖の悪い王子の元へ嫁がせたくない事、何より、大切なリリナを手離したくないが為に自分を差し出すのだと。
本心は断りたいエリスだったけれど、これはもう決定事項。
思えば、父であるタリムが亡くなったその日から味方であった者たちは次々に辞めさせられ、肩身の狭い思いをしていたエリスは断る事は出来ないと知っているからこそ、
「……分かり、ました……謹んでお受けいたします」
そう答えるしか道が無いのだと全てを諦めてしまったのだ。