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コンコンと控えめに扉を叩く音の後に「入っても?」と低い声が響く。
僕は穏やかな寝息を立てるラズールを見つめたまま「いいよ」と答えた。
静かに扉が開かれ、足音を立てずにトラビスが近づいてくる。ベッド横の椅子に座る僕の隣に立つと、ラズールの顔を覗き込んだ。
「ラズールの状態はどうですか?」
「もう大丈夫だって。毒も抜けたし傷も化膿してないって医師が話してた」
「そうですか。目を覚ましましたか?」
「それが…まだなんだ」
「まあ大丈夫でしょう。この機会にゆっくりと休めばいいと思いますよ」
「そうだね…」
ふいにトラビスが僕の髪に触れる。
顔を上げてようやく目を合わせた僕を見て、トラビスが目を細めた。
「あなたもお疲れでしょう。夜に城に戻ってきてから今日一日、ずっとラズールに付きっきりで寝ていない。それに何も口にしていないと聞きました。少しでも食べないと…。そのように顔色が悪いままでは、ラズールが目を覚ました時に怒られますよ」
「うん…でも、怒るのは僕の方だ。身を呈して僕を庇うなんて…バカだ。ラズールなら、もっと違う方法で回避できたはずだよ」
「…そうですね。こいつはどんな時も冷静に的確に判断しますから。しかしあなたが関わると判断が鈍るらしい」
「どうして?」
「それは…直接本人に聞いてください。ラズール、無茶をしたな。フィル様がお怒りだぞ」
「え…?」
トラビスが僕から視線をずらせてラズールを見る。
慌てて僕もラズールを見ると、琥珀色の瞳と目が合った。
「ラズール!僕のことわかる?よかったっ、気がついて…」
「フィル…様…」
僕はラズールの首にしがみついた。強く抱きしめながら声を出して泣いた。
ラズールが僕の髪に触れて、優しく撫でる。子供の頃のように泣きじゃくる僕をあやしてくれる。
背後で「後でまた来ます」と声がして、トラビスが部屋を出ていった。
しばらく泣いて、ようやく落ち着いた僕は、ゆっくりと顔を上げてラズールを見た。
ラズールはとても優しい顔をして「泣きすぎですよ」と笑う。
「だっ…て、ラズールが悪いよ。僕にこんなに心配させて…謝ってよ」
「それは悪いことをしました…申しわけありません」
「うそ、ごめん。僕のせいでごめんっ」
「あなたに謝られると辛いです」
「うん、ごめんね…。ラズール、僕のことを守ってくれてありがとう」
「当然です。あなたは何よりも大切な人ですから」
「僕はいつもおまえに守られてるね。本当に感謝してる」
「俺が守りたいからやってるだけで、いいのですよ」
「でも…自分の命をかけてまで誰かを守る人は、そんなにいないよ」
「あなたはご自身の命をかけて、フェリ様を守ろうとしたではないですか」
「あれは…姉上は家族だし、僕が呪われた子だから…。でもラズールは違うだろ?僕が主だからといって、命をかける必要はないよ」
「理由がいりますか?」
「うん…理由があるの?」
ラズールが黙ってしまった。上半身を起こして僕を見つめ、動かない。部屋に静寂が広がる。僕とラズールの息づかいしか聞こえない。
僕もラズールを見つめていたけど、耐えきれなくなって目をそらせた。すると大きな手が僕の頬に触れ、ラズールの顔が近づいた。
ラズールの唇が触れる寸前で、僕は顔を伏せる。ふ…と息が漏れて、僕の額に熱く柔らかいものが押し当てられた。
柔らかいものがすぐに離れて、僕は手を上げて額を触る。
「ラズール…なにしたの」
「キスを」
「挨拶の?」
「違います。愛しいあなたに触れたくて」
「僕とラズールは家族だから?」
「違います…フィル様」
ラズールが眩しそうに僕を見つめて髪に触れる。
僕はこの目を知っている。リアムが僕を見る時と同じだ。…そうか、そうだ。ラズールはずっと、こんな目で僕を見ていた。僕はラズールのことを兄のように思っていたから、そういう目だと認識していなかった。
「ラズールごめん」
「まだ何も言ってませんよ」
「うん、でもごめん。僕はリアムを愛してる」
「存じております」
「ラズールのことは大好きだよ。兄として、信頼できる部下として。でもそれ以上には思えないよ…」
「それで充分ですよ。俺はただ、俺の本当の想いをあなたに知ってほしかっただけ。それを口に出してはダメですか?」
「うん…出さないで。わかったから…出さないで」
「わかりました。俺が死ぬ時まで取っておきましょう」
「なにそれ。僕の方が先に死ぬよ」
「それは有りえません。そんなことは許されません」
「だって僕の身体の痣、知ってるだろ?これが無害だとは思えない」
「それについては調べています。必ず治す方法を…見つけますので…」
「ラズール?」
ラズールの声が小さくなる。苦しそうに荒い息を吐いて、頭を下ろして固く目を閉じてしまう。
僕は慌ててラズールの顔を触った。驚くほどに熱い。
「苦しいのっ?待ってて!すぐに薬をもらってくるからっ」
「待っ…行くな…」
「わかった、行かない!」
僕の手を掴むラズールの手も、とても熱い。それにラズールが我儘を言うなんて、かなり辛いのかもしれない。
先ほどトラビスは出ていったけど、きっと部屋の近くで待機しているはず。
ラズールが僕の手を強く握りしめて放さないので、僕は扉に向かって大きく息を吸った。
「トラビスっ、来て!」
「なぜ…あいつを…」とラズールが文句を言ったけど、トラビスは頼れる人物だ。やはり部屋の近くにいたらしく、すぐに駆けつけてくれた。
「どうされましたか?」
「ラズールに高熱が出てる!どうしよう…」
「熱が?毒は抜けて化膿もしていないのに?」
「そうだけどっ」
「失礼。ふむ…確かに。すぐに医師を呼んできます」
「お願いっ」
トラビスが医師を呼びに行く間も、僕はずっとラズールの手を握りしめていた。その間にも、どんどんとラズールの身体が熱くなる。
「僕のせいだ…あの時…僕をかばったから…」
ラズールは口を開くのも辛いらしく、苦しそうに繰り返し熱い息を吐き出していた。