医師がラズールを診ている間、僕とトラビスは部屋の隅で待っていた。
ラズールに薬を飲ませて身体を冷やすと、医師が「もういいですよ」とこちらを向く。
僕とトラビスは、すぐにベッドに走り寄った。
「どう?すぐに治る?」
僕が医師の服を掴んで聞くと、医師が困った顔で首を振った。
「難しいですね。毒を抜き化膿もしていないのに、なぜ高熱が出たのか…原因がわからないのです。原因がわからないから治療も難しい」
「そんなっ…」
僕はベッドに飛びつき、ラズールの手を握った。
痛くても苦しくても、めったに顔に出さないラズールが、こんなにも辛そうにしている。どれだけ苦しいのだろう。
「矢尻に毒以外のものが塗られていたのだろうか。医師殿、ラズールを射抜いた矢を持って帰ってきている。それを調べてはもらえないか?」
「ああ、それなら原因がわかるかもしれないですね。すぐに調べます」
「お願いっ」
「かしこまりました。王よ、あなたも休んでください。顔色がお悪い。眠れないのならこれを飲めばよく眠れますよ」
「…ありがとう」
医師が服のポケットから袋を出し、中から琥珀色の粒を取り出して僕の手のひらに乗せた。きれいな粒だ。まるでラズールの瞳のよう。
「甘くて飲みやすいですよ。では私は失礼します。トラビス殿、私の部屋へ矢を持ってきてくれますか」
「わかった。フィ…フェリ様、休んでいてください。あなたが倒れると、後でラズールが怒りますから」
「うん…わかってるよ」
僕は手のひらの粒を見つめたまま返事をする。
やがて二人が部屋を出て足音が遠ざかっていく。
僕は琥珀色の粒を口に入れると、椅子に座りベッドに頭を乗せて目を閉じた。
夢を見た。子供の頃の夢だ。
母上はわざわざ僕に会いに来たりはしなかったけど、時おり城の中や中庭ではち合わせることがあった。そういう時でも母上は僕を見ない。まるで見えていないかのように僕の傍を通りすぎていく。でもごくたまに、目が合う時があった。僕と同じ緑色の瞳に僕の姿が映る。怒っているのか笑っているのかわからない表情で僕を見て、何も言わずに去っていく。
僕は母上が怖かった。だけど僕を見てくれたことは嬉しくて、母上と話をしてみたくて声をかけようとした。でも実際は、喉が震えて声を出すことができなかった。母上が去った後に僕はいつも泣いた。母上が僕に関心がないことはわかっていたのに。目が合ったのに声すらかけてもらえなかったことが悲しくて、愛されていないことに胸を痛めて僕は大粒の涙を流して泣いた。そして決まってラズールが「俺が傍にいます、俺はあなたを大切に想っています」と泣き止むまで抱きしめてくれた。
苦しそうな声に気づいて目を開ける。慌ててラズールの顔を見るけど変わらず辛そうだ。
僕はラズールの額に乗せていた布を手に取ると、水に浸して絞り再び額に乗せた。
「ラズール…苦しいよね。病気なんてしたことのない丈夫な身体なのに…。一体あの矢には何が塗られていたの?」
別の布でラズールの汗を拭きながら、ふとあることを思いついた。
僕と姉上は同じ時に同じ母上の腹から生まれた双子だ。元は一つのものから二つにわかれたのだ。だから姉上が死にかけた時に、僕の血を飲ませれば姉上の代わりに僕が死ぬと母上は言ったのだろう。
それをラズールにしてみたらどうなる?もちろん僕とラズールは他人だ。ただ僕の血を飲むという気持ち悪い行為で終わるだけかもしれない。でも試しにやってみてはどうだろうか。ラズールは今、苦しんではいるけど死にかけてるわけじゃないから、少しだけ舐めてもらうのは…。
そこまで考えて僕は首をふる。
「僕の血にそんな効き目があるわけないじゃないか。なにかあるとすれば、呪いがうつることだけだよ…」
僕は布を置いてラズールの手を握った。
その時、ラズールが僕の手を握り返した。そして何かを口の中で言っている。
僕がラズールの口に耳を寄せると「みず…」と聞こえた。
「水?水が飲みたいの?ちょっと待ってて」
ベッド横の棚に置いてある水差しからコップに水を注ぎ、ラズールの口に持っていく。コップを傾けるけど、うまく口の中に入らない。
僕は「ラズールごめんね」と言うと、水を口に含んでラズールの唇を塞いだ。そしてゆっくりと水を流し込む。口端からこぼれたけど、ラズールの喉が動いたのを確認して少しは飲めたと安堵する。「もっと…」という声に、もう一度水を口に含んで飲ませた。再び飲めたのを確認して顔を離そうとすると、頭の後ろを強く掴まれキスをされた。
「んっ、まっ…」
ラズールの肩を叩くけど離してくれない。熱い舌が入ってきて歯列を舐め僕の舌に絡まる。大好きなラズールだけど嫌だ。リアムじゃないと気持ち悪い。僕は激しく顔を動かして暴れた。
「いたっ…」
暴れたために僕の唇にラズールの歯が当たって切れた。思わず上げた声に、ようやくラズールが離してくれる。ぼんやりとした目で僕を見つめながら唇についた血を舐めると、すぐに目を閉じて荒い呼吸を繰り返す。
「もう…なに…寝ぼけてたの?」
再び眠りについたラズールを見ながら、僕は手の甲で口を拭く。手の甲についた血を見て、ドクンと心臓がはねた。
ラズール…僕の血を舐めちゃった。大丈夫だよ…ね?ほんの一、二滴程度の血だ。なにも影響はないに違いない。
せっかく水を飲ませたのに気持ち悪いものを舐めさせてしまったと思ったけど、三度口移しで水を飲ませる気にはならなくて、僕は汗を拭いた布を濡らしてラズールの唇をきれいに拭いた。
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