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第十七話 夜明けの前に
回収者が消えたあとも。
しばらく誰も動けなかった。
図書館は静かだった。
でも以前の静けさとは違う。
どこか息苦しかった空気が、少しだけやわらかくなっている。
まるで。
長い間閉じられていた窓が、ほんの少し開いたみたいに。
⸻
返却拒否体は、その場に座り込んでいた。
輪郭はまだ不安定だけど、もう黒いノイズはほとんど残っていない。
胸元の星核が、淡く光っている。
私はそっと近づいた。
「……大丈夫?」
返却拒否体は、ゆっくりこちらを見る。
以前みたいな恐ろしさはない。
ただ、すごく疲れている顔をしていた。
『……わからない』
かすれた声。
『でも』
小さな間。
『くるしく、ない』
私は少し笑った。
「そっか」
⸻
司書は、崩れた本棚を見上げていた。
「図書館の構造が変わってる……」
「変わってる?」
「未練の定義が更新された影響でしょう」
彼は周囲を見回す。
すると本当に、本棚の配置が少しずつ変化していた。
以前より、通路が広い。
光もやわらかい。
閉じ込めるための場所じゃなくなってきている。
⸻
中央恒星庫では、あの小さな恒星が静かに瞬いていた。
私は自然とそこへ目を向ける。
すると。
ふわり、と。
星の光がこちらへ流れてきた。
「……え」
光は私の指先へ触れる。
冷たくない。
むしろ、少し温かい。
そして一瞬だけ。
頭の奥に声が響いた。
『おはようございます』
私は目を見開く。
今の。
⸻
司書も気づいたらしい。
「……干渉してる」
「え?」
「恒星が、あなたを認識しています」
「認識って」
彼は少し困った顔をした。
「普通、恒星化した記憶は個別人格を保ちません」
「じゃあ、これって」
司書は少し黙る。
それから小さく言った。
「……たぶん、かなり特殊です」
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#AI
みら

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⸻
返却拒否体が、星を見上げる。
『……あのひと』
「うん?」
『ひとりじゃ、なかった』
私はその言葉を静かに聞く。
返却拒否体は続けた。
『わたしも』
星核が揺れる。
『ほんとうは、ひとりじゃなかった』
その瞬間。
胸がじんわり熱くなった。
未練って。
執着って。
ただ“手放せない弱さ”じゃないのかもしれない。
誰かといた時間が、本当にあった証。
だから人は、簡単に終われない。
⸻
ゴォン――。
遠くで、また鐘が鳴る。
でも今度の音は、終わりじゃなかった。
司書が顔を上げる。
「……夜明けが来る」
私ははっとする。
図書館の窓の向こう。
真っ黒だった空の端が、ほんの少し青くなっていた。
「朝……?」
「ええ」
司書は信じられないものを見る目をしていた。
「初めてです」
「なにが?」
彼はゆっくり空を見る。
「この図書館で、“夜明け”が観測されたのは」
私は息を呑む。
図書館は夜だけの場所だった。
忘れられなかったものが漂う場所。
終われなかった感情の場所。
でも今。
その空に、朝が来ようとしている。
⸻
中央恒星庫の星々が、一斉に淡く光った。
まるで。
新しい時間が始まるのを、静かに祝っているみたいに。
コメント
1件
ああ、この第7話、すごく良かったです……。「くるしく、ない」って返却拒否体が言ったところ、胸がぎゅっとなりました。ずっと苦しさを抱えてた存在が、ようやく息を吹き返したみたいで。それに、図書館に夜明けが来るっていうラスト、本当に美しかったです。今まで夜だけの場所だったのに、新しい時間が始まる兆しを見せてくれて、温かい気持ちになりました。恒星が主人公を認識するシーンも神秘的で、すごく好きです。