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『セフレから始める雪色の恋模様』~a×s~
Side阿部
冷たい空気が肌を刺して、意識が浮上する。
特有の倦怠感に包まれた体をゆっくりと起こして、部屋の中を見回す。
――わざわざ確認しなくても、佐久間がもうこの部屋にいないことなど分かっているけれど。
そういえば、昨夜の前に佐久間はラジオの収録が入ってると言ってたな、と思いながらベッドから離れ、洗面所に向かう。
俺はいつもこの瞬間が嫌だった。
あんなに求め合っても、目が覚めたら幻だったかのようにもうそこには誰もいない。
この関係が続いているのが嬉しい反面、切なくもある。仕方がない。
俺と佐久間――同じグループのメンバー、そしてデビュー当初から一緒だった仲。
恋人なんて甘い関係ではなく、いわゆる、そういう関係なのだから。
洗面台の鏡に映った自分の顔を見る。首筋にうっすらと残った痕跡が、昨夜の出来事が夢ではなかったことを物語っている。
でも、それすらも虚しく感じるのは、佐久間がいないからだ。
「佐久間…」
小さく呟いてみる。当然、返事はない。
いつからだろう、こんなに寂しく感じるようになったのは。
こんな関係、いつまで続けるんだろう。
そんなことを考えながら、俺は顔を洗った。
―――――――――――――
事の始まりは今から数年前。
まあ、今思えば二人とも若かった、としか言えないが、デビュー前の思春期特有の、性への好奇心からだった。
佐久間とはデビュー当初から一緒で、俺がまだ慣れない時に佐久間はいつも明るく励ましてくれた。
同じグループに入って、お互いがこの世界で頑張っている時は、運命を感じたものだった。
デビュー時代から佐久間の隣にいることが当たり前で、佐久間も俺の隣にいることを当然のように思っていた。
グループ加入当初、寮生活をしていた俺たちは、深夜によく恋愛トークに花を咲かせていた。
他のメンバーが寝静まった後、リビングで二人だけになることが多かった。特に佐久間は、こういう話が好きだった。
「阿部ちゃんは、恋人ができたらどんなことしたい?」
ある夜、いつものようにソファで並んで座りながら佐久間が聞いてきた。コンビニで買ったアイスを食べながらの、他愛もない会話だった。
「そうだな…普通のことかな。手を繋いだり、一緒に映画を見たり」
「普通って何、つまらないなあ」
「佐久間は?」
「俺は、もっといろいろしたいなあ」
佐久間の頬が赤くなっているのを見て、俺も恥ずかしくなった。
「いろいろって?」
「えー、阿部ちゃん知らないの?そういうこと、だよ」
「そういうことって…」
佐久間がもじもじしながら説明する姿が可愛くて、俺の胸がきゅんとした。当時はまだ、それが恋愛感情だと気づいていなかったけれど。
「でも実際、何したらいいか分からないじゃん」
「うん、確かに」
「本とかネットで見ても、実際は違うかもしれないし」
「そうだね」
お互い、もし恋人ができたならこうしたい、ああしたいだのと他愛もないことで盛り上がり、ひとしきり笑ったところで急に佐久間が真面目な顔になってこう言ったのだ。
「練習しない?」と。
最初、何を言われたか分からずきょとんとしていた俺に、彼は内緒話をするようにぽそぽそと説明し始めた。
「あーだこーだ言っても、実際そうなった時に緊張して何もできないのは男として恥ずかしいじゃん」
「うん…」
「だから、今のうちに練習してみない?」
「練習って、つまり…俺と佐久間が、そういうことをする、ってこと?」
「そういうこと。阿部ちゃん、嫌?」
佐久間の不安そうな表情を見て、俺の心臓が跳ねた。
嫌なわけがない。むしろ、嬉しすぎて困惑していた。
デビュー時代から佐久間の笑顔を見ていて、佐久間が悲しんでいる時は自分も悲しくて、佐久間が喜んでいる時は自分も嬉しかった。
いつからか、佐久間は俺にとって特別な存在になっていた。デビューの頃、佐久間が他のスタッフと仲良くしているのを見て胸がざわついたり、佐久間が誰かに告白されそうになった時は必死に邪魔をしたり。
そんな佐久間と特別な関係になれるなんて、夢のようだった。
「嫌じゃない、けど…」
「けど?」
「本当にいいのかな?俺たち、グループメンバーなのに」
「だからこそじゃん。信頼できる相手だよ」
「信頼…」
「阿部ちゃんだったら、変なことしないし、優しいし」
佐久間の素直な言葉に、胸が温かくなった。
「でも、佐久間がそれでいいなら…」
「本当?」
「うん」
至った結論があまりにもあまりすぎて、頭が一瞬真っ白になってしまった。
が…俺も若かった。思わずその提案に頷いてしまったのだった。
興味がないわけでもなかった。
でも、これが重要なのだが、俺は佐久間に、少なからず密やかな思いを寄せていたのだ。
デビューで初めて会った時から、佐久間の明るさに惹かれていた。
いつも周りを笑顔にして、みんなの気持ちを明るくしてくれる。
落ち込んでいる時も、佐久間がいるだけで元気になれた。そんな佐久間と特別な関係になれるなんて、夢のようだった。
純粋に嬉しかった。
例え、練習の疑似恋愛の形をとるとしても、佐久間と寄り添えるなら。
今まで誰も見たことのない佐久間の全てを初めて見る人物が自分であるということが、ひたすらに嬉しかったのだ。
「阿部ちゃん、本当にいいの?」
「うん…俺も、興味はあったし」
「そうだけど、阿部ちゃんが嫌だったらすぐ言ってね」
「佐久間こそ、無理しなくていいからね」
「分かってる。ありがとう、阿部ちゃん」
佐久間の安堵した表情を見て、俺は改めて決心した。
佐久間の初めてを、俺が受け取れる。それだけで十分幸せだった。
「じゃあ、いつから?」
「今度時間ある時でいいよ」
「明日の夜は?」
「明日?」
「だめかな」
「だめじゃない、ただ…緊張するなあ」
佐久間が照れながら言うと、俺も急に恥ずかしくなった。
「俺も緊張する」
「お互い初めてだもんね」
「うん」
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