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ゼノは僕を椅子に座らせてから話を続ける。
「俺はリアム様にあなたの正体は隠しますが、あなたのことは隠しません。もうすでに俺が、イヴァル帝国の捕虜を連れ帰っていると伝わってるはずです」
「えっ!」
「ああでも、少しマズイかもしれませんね。俺が捕虜を特別扱いして部屋にまで連れて入るのは初めてのことなので…。フィル様に興味を持つ以前に不可解に思ってここへ来るかも」
「どっ、どうしよう…。僕はいいけど、ゼノ…怒られない?」
僕は両手を胸の前で握りしめた。
リアムに僕が恋人だと認識されないのは悲しいけど、会いたい。会いたいけど、なにを話せばいいかわからない。なぜイヴァルに攻めてきたのかを聞きたいけど、今は捕虜の身である僕が聞けることではない。そもそも捕虜としての僕を、リアムはどう扱うのだろうか。リアムだからひどいことはしないとわかっているけど…。
悶々と考えていると、柔らかく笑う気配がした。
顔を上げるとゼノが優しく僕を見ている。
「大丈夫ですよ。少々脅かしすぎました。リアム様はここには来ません。俺が出向いて説明してきます。なのでフィル様とトラビス殿は、食事が運ばれてきたら先に召し上がってください。あ、あと雪斑症の薬をイヴァル帝国の王城に届くように人を遣りましたので安心してください」
「えっ、ありがとう!こんなにすぐ手配してくれるなんて…。本当にありがとう!」
「フィル様の側近の方が、早く元気になられることを願ってます」
「うんっ…」
「では少し失礼を」と再びゼノが出ていく。
ゼノが出たすぐ後に食事が運ばれて来た。そして宿の者と入れ替わるように、トラビスが戻ってきた。
僕の隣に座るように指示をして「どうだった?」と聞く。
トラビスは無言で折りたたまれた紙を僕に差し出す。
紙を広げて目を通した僕は、苦笑いをした。
「レナード…怒ってるね」
「まあそうなりますよね。フィル様にもですが、俺に対してかなり怒ってますね。フィル様に傷一つでもついたら、俺は確実にレナードに処刑されます。…いや、その前にラズールに首を斬られるな」
「巻き込んでごめん。僕が謝るから」
「ぜひそうしてください。お願いします。ところでゼノ殿は?」
「僕のことをリアムに説明に行ったみたい」
「大丈夫ですかね」
「大丈夫だよ。ゼノの言うことならリアムは聞くだろうし」
「それならばいいのですが。ところでフィル様、無事にバイロン国に潜入できましたが、この先どうしますか」
「うん、とりあえず、二人きりでリアムと会う」
「ダメです!あなたのことを覚えていない第二王子と二人で会うのは危険です」
すごい剣幕でトラビスが止める。
僕はまたか…と息を吐いて、レナードからの紙を机に置いた。
僕は正面からトラビスを見つめた。
トラビスがたじろいで、少しだけ頭を後ろに引く。
「トラビス、何度も言ってるけど僕の言うことが聞けないなら帰って。今からでもいい。おまえ一人だけなら、たやすく戻れるだろう?」
「帰りません。あなたの命に従います。しかし御身が心配ですので、言うことは言わせてもらいます」
「おまえ…本当に嫌なやつだ。昔っからそう」
トラビスが僕に向かって手を伸ばしかけ、その手を固く握りしめる。
「昔のことは申しわけありません。俺は悔しかったのです。俺よりも小さな身体の女の子に負けたことが…」
「男だけどね。対戦していてわからなかった?」
「わかりませんよ。細くてきれいな顔で、輝く銀髪をしていましたから」
「そんなこと思ってたの、ラズールとトラビスくらいだよ。僕は嫌われていたんだもの」
「違いますよ。俺の周りの者は、あなたに話しかけたかったけど緊張して話しかけられなかったんですよ」
「ウソだ」
「ウソではありません。俺はあなたと対戦した後に、同年代の者たちにひどく責められましたから。きれいな顔や身体に傷をつけたらどうするんだ!って」
「その割に、おまえは何度も突っかかってきたじゃないか」
「だから悔しかったんですよ。俺は負けず嫌いなので」
「ふーん。だけど王族と張り合うなんてトラビスはどうかしている」
「そうです。俺はおかしいんです」
「ははっ!自分で認めるんだ?」
「…はい」
トラビスが一瞬驚いた顔をして、眩しそうに目を細める。あまりにも見てくるから居心地が悪くなり、僕は席を立って窓に近づいた。
そっと外を覗くと、もう誰もいなかった。
「あ…みんな部屋に入ったのかな」
「そのようですね。しかし周りがバイロン兵ばかりだと動きにくい」
僕はビクッと肩を揺らす。
椅子に座ってるはずのトラビスが、もう傍にいて驚いてしまった。こんな調子で二人きりでリアムと会えるだろうかと、バイロン兵よりもトラビスの方がやっかいだと思ってしまう。
「おまえはバイロンの騎士の格好をしてるから、動けるだろう」
「顔でバレてしまいます」
「これだけの人数がいるんだ。大丈夫じゃないか?」
「でも俺は、将軍としての風格がありますから」
「…大丈夫だと思う」
「そうですかね」
将軍としての風格はあるけど、まだ若いせいもあり落ち着いた風には見られない。だからうまく紛れ込めると思うよ…とは口に出しては言わないけど。
その後席に戻って食事を始めるとすぐに、ゼノが戻ってきた。三人で食事をして、湯で身体を拭く。着替え終わると、疲れた僕はすぐに寝た。
このような大勢が泊まる宿でも、ゼノくらいの身分の者は風呂に入れる。だから風呂を勧められたけど断った。髪を濡らすと色が取れてしまうせいもあるけど、僕の身体には恐ろしい痣がある。もしも誰かに見られでもしたら、恐れられてすぐに斬られてしまうかもしれないのだから。