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次の日の朝。わたしは、昨日よりほんの少しだけ早く家を出た。
家にいるより、学校の方が落ち着くなんて、前は思いもしなかった。
教室に入ると、まだ誰もいなかった。
自分の席に座って、また本を開く。今日こそ、ちゃんと読める気がした。
「お、佐伯、今日早いじゃん」
声がして、顔を上げると――また、としきくん。
眩しいくらいの笑顔。どうして、毎日こんなふうに話しかけてくるのか、わからない。
「……はい」
それだけしか返せなかったけど、としきくんは気にした様子もなく、隣の席にカバンを置いた。
「昨日、図書室行ってみたんだよ」
「……え?」
「佐伯がミステリー読むって言ってたから、ちょっと探してみた。タイトル忘れたけど、表紙が真っ黒なやつ借りたわ」
わたしは、一瞬だけ本当に驚いて、視線をそらせなかった。
「……読んだんですか?」
「んー、途中で寝た」
「……」
つい、笑ってしまいそうになる。
けど、笑うのが下手で、口元がちょっとだけ動いただけだった。
としきくんは、それに気づいたのかどうか、わからない。
「でもさ、登場人物がみんな嘘ついてて、誰がホントのこと言ってるかわかんなかったんだよな。佐伯、ああいうの好きなんだ?」
「……はい。“本当”を見つけるのが、好きなんです」
自分で言って、少しだけ胸が痛くなった。
わたしは、自分のことに嘘ばっかりついてる。
何も知られたくなくて、でも誰かに気づいてほしくて。
それでも――
「そっか。やっぱ佐伯、かっけーな」
その一言に、心の奥の方が、じんわり熱くなった。
そんなふうに言われたことなんて、なかった。
褒められることも、名前をまっすぐ呼ばれることも。
ふつうの会話。
でも、それはわたしにとって、特別な一日だった。