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“あの日、私だけが取り残された坂道”
Episode 01 #同じ制服、違う景色
「あ、美咲じゃん。おはよ」
校門へと続く坂道の途中で、後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには中学時代、私よりもずっと成績が下だったはずの「彼女」――千尋がいた。
私と同じ、紺色のセーラー服を着ている。その事実を見るたびに、胸の奥がチリチリと焼けるように痛む。
「……おはよう、千尋」
なるべく普通を装って声を返したけれど、自分の声が少し強張っているのが分かった。
千尋は中学の頃、定期テストの前だって「全然勉強してないや」と言って、本当に赤点スレスレの点数を取っていたような子だ。提出物だっていつもギリギリで、先生に廊下で怒られていた。
対する私は、いつだって「真面目な優等生」だった。授業は最前列でノートをきっちり取り、提出物は期限の3日前には出す。塾にも通い、テスト前は睡眠時間を削ってまで机に向かった。
それなのに、中3の秋の模試を境に、すべてが狂い始めた。
千尋が突然、猛烈な勢いで成績を上げ始めたのだ。まるで、今までサボっていた分のエネルギーを一気に爆発させるみたいに。
私は自分の貯金を切り崩すように、必死で逃げ切ろうとした。けれど、入試直前の判定で、私は本来の第一志望だったトップ校を諦め、ランクを一つ下げてこの高校を選んだ。千尋が「記念受験」のつもりで受けると言っていた、この高校に。
結果は、二人とも合格。
私は志望校を下げて、安全圏を狙ってここに来た。千尋はギリギリの挑戦で、一瞬の爆発力でここに滑り込んできた。
スタートラインは同じ。いや、私の方が余裕を持って入ったはずだった。
「ねえ美咲、昨日の小テスト見た? 私、奇跡的に平均超えてたんだよね! あんなに勉強しなかったのに、勘が当たっちゃってさ」
千尋は無邪気に笑いながら、カバンを揺らして歩く。
その言葉が、私の心に深く突き刺さる。「あんなに勉強しなかったのに」
私は昨日も、部活のきつい練習が終わった後、目をこすりながら夜中まで机に向かった。配られたプリントを3回解き直して、公式も全部暗記して臨んだ。
それなのに、私の点数は平均点に遠く及ばなかった。
どうして?
私の方がずっと、ずっと努力しているのに。
どうして千尋は、平然と私の上を行くの?
お願いだから、私より上に行かないでよ。
「……そっか、良かったね」
引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。千尋の笑顔が眩しすぎて、直視できない。
高校に入れば、また私が「一番」に戻れると思っていた。志望校を下げて入った学校なのだから、上位をキープして、プライドを保てるはずだった。
でも、現実の私は、周りのみんなが当たり前のように高い点数を取る中で、溺れそうになりながら必死に足をバタつかせている。いくらもがいても、水面に顔を出すことすらできない。
カバンの中には、昨日返却されたばかりの数学の定期テストが入っている。
赤文字で書かれた点数は、平均点を大きく下回っていた。
これを、家に帰ったら親に見せなければならない。
想像するだけで、お腹の底が冷たくなって、吐き気がしてくる。
私の家では、勉強ができることだけが、私が私でいるための唯一の条件だった。
「ただいま」
夕方、重い足取りで玄関のドアを開ける。家の中はしんと静まり返っていて、台所から夕飯の支度をする微かな音が聞こえていた。
お母さんは、リビングのソファに座って手帳を眺めていた。私が帰ってきたことに気づくと、顔を上げて、まっすぐに私の目を見た。
「おかえり。美咲、そういえば、こないだのテストの結果はどうだったの?」
心臓がどくん、と大きく跳ね上がった。
嘘をつくか、それとも隠すか。一瞬のうちにいくつもの選択肢が頭を駆け巡るけれど、どれを選んでも破滅しかないことが分かっていた。
お母さんの目は、私のすべてを見透かそうとしているみたいに鋭かった。
「……あ、あのね、まだ全部は返ってきてなくて……」
声が震えた。
怒られる。否定される。また「あんなに塾に行かせているのに」と言われる。
将来の夢を聞かれるたびに、私は「お医者さんになりたい」と答えてきた。周囲の大人はみんな、「頭がいいんだね」「さすが美咲ちゃん」と褒めてくれた。だから、その言葉を引き直すことができなくて、ずるずるとここまで引きずってきた。
でも、平均点すら取れない今の私が、医者なんてなれるわけがない。
そんな夢を口にすることすら、今は恐ろしかった。
「美咲?」
お母さんの声のトーンが、一段低くなった。
私はカバンのチャックに手をかけたまま、動けなくなってしまった。
みなさん、お久しぶりです。
6ヶ月ぶりに戻ってきました。
また活動再開しようと思います
では、また次回
コメント
1件
那月先生、おかえりなさい!!6ヶ月ぶりの新作、めっちゃ嬉しいです😭💕 美咲の「私の方がずっと努力しているのに」っていう叫び、胸にグサグサ刺さった…。千尋の無邪気な言葉が無自覚な毒になってるのも、リアルで辛い。同じ制服着てるのに、それぞれの景色がまったく違うっていうタイトル回収、エモすぎる。 ラストでお母さんにテスト結果を聞かれるとこで終わったの、続きが気になりすぎて今夜眠れないかもしれない…!美咲の息苦しさが痛いほど伝わってくる1話でした。続き、楽しみにしてます🔥