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第26話「二百三歳の新人が面接に来ました」
午後二時。
会議室。
部長の手には一枚の履歴書。
氏名。
月島セシル。
年齢。
二百三歳。
森野リリカが言った。
「年齢、普通に書いたんですか?」
「書いてある」
「勇気ありますね」
相沢直人が横から履歴書を見る。
「学歴すごい」
大学。
三つ。
大学院。
二つ。
職歴。
商社。
出版社。
メーカー。
銀行。
広告会社。
その他。
「多すぎません?」
「二百三歳だからな」
部長が言う。
田中美咲が履歴書をのぞく。
「資格もすごい」
英語。
フランス語。
ドイツ語。
簿記。
宅建。
中小企業診断士。
「強い」
相沢が言う。
「森野さん負けてる」
「競争してません」
ぴく。
「悔しい?」
「悔しくありません」
ぴく。
「動いてる」
「耳を見ないでください」
神崎レオンが履歴書を受け取る。
「月島セシル」
少し考える。
「知っています」
森野が見る。
「知り合い?」
「直接ではありません」
「何歳?」
「書いてあるでしょう」
「そうでした」
神崎は履歴書を戻す。
「関東のエルフ社会では、わりと知られています」
「どういう人?」
「転職が多い」
相沢が笑う。
「履歴書で分かる」
「理由があります」
「何?」
「十年くらい働くと」
神崎が自分の顔を指す。
「周囲が年を取るので」
森野の表情が少し変わる。
「なるほど」
以前なら。
森野も同じだった。
同僚が年を取る。
自分だけ変わらない。
疑われる前に。
辞める。
引っ越す。
名前を変える。
また働く。
それを。
何度も繰り返す。
部長が聞く。
「面接する?」
「私に聞くんですか?」
「エルフ代表として」
「いつ代表になったんですか!」
午後三時。
人事部から連絡。
書類選考。
通過。
面接。
翌日。
午前十時。
会議室。
面接官。
人事部長。
部長。
そして。
なぜか森野。
「どうして私がいるんですか」
「エルフの先輩として」
「会社では私のほうが先輩ですけど」
「だから」
「そういう意味じゃありません」
ノック。
「どうぞ」
扉が開く。
女性が入ってくる。
見た目。
二十代後半。
黒に近い茶色の髪。
紺色のスーツ。
そして。
耳。
完全に出ている。
森野より少し短い。
「失礼いたします」
きれいに一礼。
「月島セシルと申します」
着席。
人事部長が聞く。
「まず志望動機を」
「はい」
月島は答える。
「エルフであることを隠さず働ける会社だと思ったからです」
森野の耳が。
ぴく。
人事部長。
「率直ですね」
「はい」
「当社は別に」
少し困る。
「エルフ採用を始めたわけではありません」
「承知しています」
「森野さんがいるだけです」
「それで十分です」
月島は森野を見る。
「森野さんが耳を出して働いている写真を見ました」
「はい」
「羨ましいと思いました」
森野が少し困る。
「私も数日前までは隠してました」
「知っています」
「大変ですよ」
「分かります」
月島が自分の耳に触れる。
「私は百七十年ほど隠していますから」
相沢は会議室の外で資料を運びながら。
偶然その言葉を聞いた。
百七十年。
髪型ひとつにも。
人間には想像できない時間がある。
面接は続く。
部長が聞く。
「営業企画の経験は?」
「あります」
「何年?」
月島が考える。
「合計で」
少し間。
「四十二年ほど」
部長のペンが止まる。
「四十二年」
「はい」
「俺より長いな」
人事部長が聞く。
「マネジメント経験は?」
「あります」
「何人くらい?」
「最大で百二十人」
「……」
「海外勤務もあります」
「何年?」
「二十八年ほど」
部長が小声で言う。
「強すぎる」
森野も小声。
「即戦力どころじゃないですね」
人事部長が慎重に聞く。
「失礼ですが」
「はい」
「二百三歳とのことですが」
「はい」
「健康面は?」
月島が微笑む。
「良好です」
「定年については」
「会社規定に従います」
「でも」
人事部長が困る。
「すでに」
「はい」
「年齢だけなら」
「とっくに過ぎています」
「ですよね」
月島は平然としている。
「必要であれば契約社員でも構いません」
「なるほど」
森野が突然聞いた。
「月島さん」
「はい」
「どうして今なんですか?」
月島が見る。
「今?」
「百七十年隠してきたのに」
「……」
「どうして今、耳を出して応募したんですか?」
少し沈黙。
月島は。
森野を見て答えた。
「疲れたからです」
森野の耳が止まる。
「毎朝」
月島が言う。
「耳を隠す」
「はい」
「新しい職場で設定を考える」
「はい」
「昔の話をしないように気をつける」
「はい」
「十年前のことを知らないふりをする」
「はい」
「親しい人ができても」
少し笑う。
「本当の年齢を言わない」
森野は。
何も言わない。
「疲れました」
月島は言った。
「もう」
自分の耳に触れる。
「これくらい出して働いてもいいかなって」
森野の耳が。
ゆっくり上がる。
「そうですか」
「はい」
面接終了。
月島が退室。
会議室。
三人。
人事部長が言う。
「どう思う?」
部長。
「能力だけなら採用」
森野。
「私もそう思います」
人事部長。
「年齢は?」
部長。
「森野さんが百四十三で働いてる時点で」
「そうなんだよな」
「今さら二百三でも」
森野が言う。
「その言い方、雑じゃありません?」
午後一時。
営業企画部。
田中が聞く。
「どうだった?」
森野が答える。
「すごい人でした」
「採用?」
「まだ分かりません」
「かわいかった?」
「田中さん」
「何?」
「そこですか」
「重要」
相沢が聞く。
「森野さんより?」
森野が相沢を見る。
「何が?」
「かわいい?」
耳が。
ぴく。
「知りません」
「見たんでしょ」
「見ました」
「どうだった?」
「きれいな人でした」
「へえ」
ぴく。
「何ですか」
「別に」
「相沢さん」
「はい」
「今後、女性のエルフが増えても」
「うん」
「必要以上に親切にしないでください」
相沢が笑う。
「嫉妬?」
「違います」
ぴく。
「耳」
「これは警告です!」
神崎が横から言う。
「相沢さん」
「何?」
「エルフ女性にモテるかもしれませんよ」
森野の耳が。
ぴくっ。
相沢が聞く。
「何で?」
「珍しいので」
「何が?」
「エルフと普通に付き合える人間男性」
森野が神崎を睨む。
「レオン」
「はい」
「余計な情報を与えないで」
「事実です」
「相沢さん」
森野が言う。
「モテないでください」
「無理な注文だな」
「努力してください」
「どうやって?」
「地味にしてください」
「ひどい」
翌日。
採用決定。
月島セシル。
契約社員。
営業企画部配属。
入社は翌月。
部長が発表。
「というわけで」
全員を見る。
「来月から新しい人が来る」
田中。
「エルフ?」
「エルフ」
「何歳?」
「二百三」
田中が普通にうなずく。
「了解です」
相沢が言う。
「慣れるの早くない?」
「森野さん百四十三、神崎さん百四十七だから」
「確かに」
部長が続ける。
「あと」
嫌な予感。
「応募が増えた」
森野が顔を上げる。
「何人?」
「昨日だけで」
紙を見る。
「三十二人」
「エルフが?」
「エルフが」
神崎が笑う。
「人気企業になりましたね」
部長は笑っていない。
「笑い事じゃない」
履歴書の山。
「三百二十一歳」
「百八十八歳」
「二百六十歳」
「九十四歳」
相沢が止まる。
「九十四歳?」
森野が言う。
「若いですね」
田中。
「感覚が壊れてきた」
部長がさらに一枚。
「四百五十六歳」
森野。
「かなり経験ありますね」
「職歴が長すぎて履歴書十二枚ある」
「でしょうね」
人事部は。
完全に混乱していた。
その日の夕方。
会社から。
全社員向けメール。
『採用応募者の年齢・種族に関する問い合わせを人事部へ直接行わないでください』
田中が読む。
「種族って会社メールで初めて見た」
相沢も。
「俺も」
森野は。
自分の席で。
少し笑っていた。
「何?」
相沢が聞く。
「いえ」
「何?」
「会社って」
「うん」
「面白いですね」
「今さら?」
「だから百年以上」
森野はパソコンを見る。
「やめられないのかもしれません」
退社。
相沢と森野。
駅まで歩く。
耳は今日も出ている。
もう。
振り返る人も。
ずいぶん減った。
「来月」
相沢が言う。
「月島さん来るね」
「はい」
「楽しみ?」
「少し」
ぴく。
「耳も楽しみって」
「勝手に翻訳しないでください」
「先輩になるね」
「会社では私が先輩です」
「年齢では?」
「六十歳下です」
「六十歳」
「はい」
「俺から見たら両方すごい」
森野が相沢を見る。
「相沢さん」
「何?」
「年齢を気にしすぎです」
「百四十三歳の彼女ができたら気になるよ」
「そのうち慣れます」
「何年くらい?」
森野は考える。
「十年」
「長い」
「エルフ基準です」
二人で笑う。
そして。
一か月後。
月曜日。
午前八時五十分。
営業企画部。
新入社員。
月島セシル。
耳を出したまま。
「本日よりお世話になります」
深く頭を下げる。
「月島セシルです。よろしくお願いいたします」
拍手。
部長が言う。
「席は」
指す。
「相沢君の隣」
森野の耳が。
ぴく。
相沢。
「あ」
月島が微笑む。
「相沢さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
森野の耳が。
ぴくぴく。
神崎が。
それを見て笑う。
「リリカ」
「何?」
「耳」
「分かってます!」
会社にかわいいエルフがいる場合。
今度は。
かわいいエルフが。
二人になった。
そして。
相沢の隣の席をめぐって。
森野リリカの耳が。
朝から忙しく動き始めていた。
コメント
1件
「二百三歳の新人が面接に来ました」ってタイトルからしてズルい!!笑 もうね、月島さんの「疲れたからです」って一言で全部持ってかれた…😭✨ ずっと隠して生きてきた人が、勇気出して一歩踏み出そうとしてるの、リリカと重なるしこっちまで胸熱になったよ。 あとね、ラストの相沢さんの隣の席をめぐってリリカの耳がぴくぴくしてるの、可愛すぎて悶えた!!「これは警告です!」って(笑)嫉妬してる自覚あるのかないのか、そこがまた尊いんだよなあ… nashirinさん、毎回エルフ社会の空気感と、ちょっとした人間関係の機微が絶妙で大好きです💕 入社してからの月島さん×リリカの絡み、そして相沢さんを巡る新たな展開、めっちゃ楽しみにしてますっ!!