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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ゆっくりと意識が呼び覚まされていくような感覚。
閉じた瞼をそっと開くけれど、瞬時には今自分がどこにいるのか、どんな状況なのか把握できずにいた。
薄く開いた視界には見慣れた白い天井。
…自分のベッドの上か。
だけど次に目に留めたのは意外なものだった。
「ないこ…?」
小さく呼びかけたのは、狭いベッドの中で俺と向き合う形で眠るピンク色を見つけたせいだ。
背を丸め自分の腕を枕代わりにするように下に敷き、すやすやと眠っている。
…あれ、何でこんなことに…?
昨日帰ってきたときのことを思い出す。
…そうだ、課題のために大学で友達と集まっていたんだった。
途中から急激に体調が悪くなってきていたことは覚えている。
だけどどうやって帰ってきたのか、どうやってここで寝たのかの記憶はない。
自分の身体に視線を落とすと、昨日着ていた服は脱ぎ捨ててルームウェアを身につけている。
…自分で着替えたか、ないこが着替えさせてくれたのかもしれない。
「……ん…」
記憶の糸を手繰り寄せているうちに、すぐ隣でないこが身じろぎした。
ぽや、とした表情でゆっくりと目を開いたかと思うと、その視線をそのままこちらに送る。
「…あれ、まろおはよ」
寝ぼけているのか、目をこすりながら大きく欠伸をもらした。
「体調どう?」なんて緩い声音で尋ねてくる。
「…昨日の記憶全然ないんやけど…どうやって帰ってきた? 俺」
体は昨日の気怠さが嘘のように軽い。
ぐっすり眠ったせいだろうか。
「高熱出して、大学の女の人に付き添われて帰ってきたよ。ちょうど俺も帰ってきたところに玄関の前で出くわした」
「…まじ…? 迷惑かけたやん、その人に」
申し訳なさからため息が漏れた。
そんな俺を横目にないこは布団から抜け出した。
ベッドを降りて、ラグの上に足を下ろす。
「ここまで運んでくれたんはないこ? ごめんな」
言いながらも「でも」と言葉を継いだ。
「高熱の人間と一緒に寝たらあかんやろ。伝染ったらどうするん、受験生」
「よく言うよ、お前が離さなかったんだよ。熱でがちがち震えてたから俺で暖とりたかったんじゃね? 布団に引きずりこんで抱きしめてきてさぁ」
「………まじ?」
「さぁ、どうだろうね」
思わず信じかけたところを、ないこははぐらかすように笑った。
……なんなんこいつ。
真実を語るつもりはないのか、「水持ってくるね」なんて言って部屋を出て行こうとする。
「なぁないこ、その大学の人ってどんな人やった?」
昨日一緒にいたのは男3人女3人のグループだった。
そのうちの誰かだということは間違いないだろうけど、後で謝罪と礼のメッセージでも送っておかなくては。
3人の女子のうちの誰か…特徴を聞けば分かるだろうと思ったけれど、ないこは小さく首を竦めた。
「さぁ。目が2つと鼻が1つと口が1つあったことは分かる」
「……冗談のつもり?」
「いや? マジで」
それくらいないこにとっては印象がなかったということだろうか。
…まぁいいか。今日も大学に行けば会う相手だし、聞いてみればいい。
「薬も飲むっしょ? 持ってくる」
そう言って今度こそ部屋を出て行くないこは、よく見ると制服を着たままだった。
帰ってきたところ俺が離さなかったのはもしかしたら本当なのかもしれない。
暖をとりたかった…?
そんな理由よりももっと、真実は俗物的かもしれない。
体調不良で弱っているときに、縋りたかっただけなんじゃないか。
他でもない、ないこだからこそ。
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ルームウェアも汗をかいたせいかぺとりと肌にはりついていて気持ちが悪い。
そう思って脱いだ瞬間、すぐそこにある全身鏡に映った自分の姿が目に入った。
それからあることに気づいて鏡を凝視する。
鎖骨の辺りに赤い跡…?
目を見開いてから、俺は部屋の外へ向けて声を張った。
「ないこ、家ん中に蚊がおるかもー。蚊取り線香みたいなやつどっかにあったかなぁ」
「は?蚊?」
「なんか首の下辺り刺されたっぽい。赤くなっとる」
そう告げた瞬間、グラスに水を注いでいるだろうないこのげらげらと笑う声がキッチンの方から聞こえてくる。
その意味が分からないまま、俺はただ首を傾げるしかなかった。
薬を飲んで少し休み、昼前になって大学に行った。
今日は午後からしか講義は入っていないからちょうど良かった。
割と少人数規模の教室に入ると、そこには先客が一人だけいた。
俺の姿を見るなりその女子は「あれ、体調よくなった? 良かったね」と笑顔を向けてくる。
家まで送ってくれたのは彼女だろうか。
そう思って尋ねるとこくりと首を縦に振った。
「一人暮らしかと思ってたから、同居してるって人にばったり会ってびっくりしちゃった。最初弟さんかと思ったんだけど違うんだね」
「…ん、幼馴染」
「へぇ珍しいね。幼馴染で同居?」
…珍しいか?
そう思ったけれど、彼女が言いたいのはそこではなかったようだ。
「制服着てたから高校生でしょ? 高校生と同居って親がよく許したね」
「まぁ…家族みたいなもんやから」
まだ未成年で学生…ましてや受験生。
そんな相手と親元を離れて2人だけで暮らしているというのは、いくら幼馴染みとは言え珍しいことなのかもしれない。
やっぱり普通の距離感じゃないんじゃないかなんて、第三者の言葉でこうして実感させられる。
「…ちょっとだけ、残念だったな」
俺が思考を巡らせているうちに、彼女はそんな思いがけない言葉を続けた。
「え?」と目を瞠って尋ね返した俺に、にこりと笑顔が返ってくる。
「あのね…」
ここには2人しかいないというのに、まるで内緒話でもするかのように彼女はこちらに身を乗り出す。
そして続く言葉を、俺だけに聞こえる声で耳打ちしてきた。
「まろおかえりー」
その日の夜、家に帰るとないこが先に帰宅していた。
俺が帰る時刻を見計らっていたのか、リビングからは何やらいい匂いが漂ってくる。
「ただいま。…どしたん、今日早ない?」
いつもならまだ予備校で受験勉強をしている時間だ。
尋ねるとないこは「あぁ、うん」と頷く。
「いつもは自習してくるんだけど、今日は授業終わったら帰ってきた。数学だけだったからね」
答えながら、ないこはテーブルに真っ白な深皿をことりと置く。
病み上がりでまだ食欲がそれほど湧かない俺のためか、盛り付けられているのはいつもより少量のチーズリゾットだった。
普段、食事は時間も違うし自分の分は自分で用意することにしている。
それなのに今日はわざわざ早く帰ってきて作ってくれていたらしい。
まだ俺の体調が本調子じゃないからだろう。
「熱はあれから出てない? 一応薬飲んどく?」
「……」
胸の奥がつんとしたのは、単純に嬉しかったからじゃなかった。
かと言って迷惑だったからでもない。
ただ、「違う、これじゃダメだ」という思いがよぎる。
俺が懸念していたのはこういうところなんだ。
受験生に気を遣わせたり、その貴重な時間を自分に費やさせてしまったり…。
ましてや風邪が伝染ってしまいそうな距離で看病させてしまったりすること。
「…まろ?」
そんなことを考えていた俺は、よっぽど怖い顔をしていたんだろうか。
ないこが少し揺らいだ声音で呼びかけてきた。
「…いや、ありがとう」
礼を言いながらも、ないこの顔はもう直視できなかった。
今から自分が吐く嘘を思えば。
「…ないこ、やっぱり同居はやめよう」
テーブルの上に置かれたリゾットからほわりと立ち上る湯気だけを眺めながら、俺はそう言葉を継いだ。
ないこの口から「…え?」と、小さな呟きが零れる。
「今回みたいに体調崩したときにさ、さすがに受験生に看病させるわけにいかんやん。うつしたら最悪やし、それ以前に看病に時間取らせるんも嫌やし。貴重な勉強時間が減るやん?」
「別に風邪はどこからもらってくるかわかんないじゃん。まろからもらわなくても外出たらどっかからもらってくることもあるだろうし。それに看病って言ったってそれほど大したことしてるわけじゃないし、これくらいのことで成績落ちるほど普段遊んでないけど」
「それは分かるけど…」
あぁどうしたら分かってもらえるだろう。
綺麗事のような理屈を並べてもないこには論破されるだけだ。
きっとこいつは潜在的に察知しているだろうから。
俺がないこから逃げたがっていることを。
「それとは別にさ、昨日ここまで送ってくれた人…あの人と付き合うことになったんよ」
別の観点から攻めるしかないと踏んで、俺はそう話を改めた。
急な話題転換に、ないこが一瞬息を詰めたのが空気で伝わってくる。
「そういうことやからさ、同居しとったらせっかくできた彼女を家に誘うこともできんやん?」
「俺が邪魔ってこと?」
「………邪魔とは言わんけど」
「『付き合う』…? 昨日の人と? まろ、マジで言ってる?」
「うん、本気やで」
目は合わせないまま、俺ははっきりと大きく頷いた。
瞬時に落ちる沈黙。数秒の間の後、ないこは重い息を吐き出す。
「…わかった、出てけばいいんだね」
「……」
「さすがに今日は無理だから、明日になったら出てくよ。大きな荷物は週末引き取りに来る」
「……ごめん」
「何の謝罪? いらないよそんなん」
謝るくらいなら言うな、ないこの口癖のような言葉が言外にこめられている。
正論だ。謝るくらいなら最初から同居を受け入れるべきじゃなかった。
あの時はっきりと拒めば、ここまで自分の一存で振り回すこともなかったはずだ。
全ては、ないこのことが好きなくせにその想いをどうすることもできない…そんな弱い自分のせいだ。
「…ないこ、飯…」
くるりと踵を返して自分の部屋に帰ろうとしたないこの背中に、声をかける。
言いかけた言葉はないこの「いらない。捨てといて」という声に遮られた。
リビングの扉が、ぱたんと閉じられる。
「いらない」という言葉が、目の前のリゾットではなくまるで自分に言われたように突き刺さる。
先に手を離すべきだと判断して突き放したのは自分の方なのに。
「……」
一人になったリビングは急に寒々しく感じる。
緩慢な動作でゆるりとテーブルにつき、ないこが作ったリゾットに手を伸ばした。
薄めの味付けだったそれはコンソメベースだろうか。
おいしいと確かに感じるのに、それだけではなかった。
「……しょっぱ」
一口飲み込んだ後、スプーンをかつんと皿に落とす。
テーブルに肘をついて、うなだれるようにして頭を抱えこんだ。