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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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「お、来た色男」
講義室のドアをくぐった瞬間、近くの席から揶揄するような声が投げかけられた。
次の講義が始まるまであと10分ほどある。
声の主の隣の椅子を引きながら、「色男?」と首を傾げた。
「朝から噂になってる。昨日女子1人フッたんだって? めちゃかわいい子だったのに、もったいねー」
にやにやとした笑みを浮かべながら続いた言葉に、目眩と共に吐息が漏れる。
何でそれを知っとるん、と低い声を這わせた。
「昨日お前に振られたって、割と大人数の前で大泣きしてたもん」
「……最悪…」
頭を抱えるような仕草をして見せて、うなだれるようにそこに座った。
鞄を置いて机の上に突っ伏してしまいたい心境に駆られる。
それでさっきここへ来るまでの間、何人かがこちらを振り返っているように感じたのか。
自意識過剰かと思っていたけれどあながち間違いではなかったようだ。
…正直、「かわいかったのに」とか「もったいない」とか、他人の感想はどうでもいい。
ただ俺にフラレたことを、「私かわいそう」アピールのためか吹聴するような子の誘いに乗らなくて良かったとは本気で思う。
…なんて、昨日本当にあった「告白」を、ないこには「付き合うことにした」なんて嘘をついて彼女を利用した俺も相当ずるいとは思うけれど。
「で、何でお前がフラレたみたいな顔してんの?」
「…そんな顔しとる?」
「うん。この世の終わりみたいな顔」
からかうように言ってこちらの気を紛らわせようとしてくれただろう友人の言葉に、俺は苦笑いを漏らすしかなかった。
「…そうかも」
ないこが傍にいない日常なんて、この世の終わりみたいなものかもしれない。
自分で撒いたはずの種に、そんなことを思ってしまった。
その日の講義を終え、バイトを終えると家に帰り着いたのはもう日付が変わりそうな時刻だった。
「…ただいま」
いつもの癖で、ぽつりと玄関で零してしまう。
真っ暗な室内。
ぱちりと手近の壁にある電気のスイッチを押した。
当たり前のように「しん」と静まり返った部屋は、室温がぐっと下がっているように感じる。
冷え冷えとした廊下のフローリング。
音も立てずに力なく歩いた先にはリビングの扉がある。
それを開いた途端、言いようのない感情がぶわりと押し寄せた。
「おかえり、まろー」
昨日までそう言って笑っていたないこはいない。
堰を切ったように飽和する寂寥感。
さみしい、そんな風に思う資格なんて自分にはないってこともわかりきっているのに。
…もしも、時間が巻き戻せたなら。
もう一度あの場面を繰り返せたなら、ないこに出て行ってほしいと言った言葉を今度は飲み込むことができるだろうか。
そんな仮定の話に縋ったって意味なんてないことは分かっているのに、それくらい昨日の自分の言葉を後悔している。
自分は、こんなにも脆い人間だっただろうか。
そんな想いは日に日に募っていった。
ないこがいなくなって、2日が過ぎた。
3日目の夜には、耐えきれなくなって主のいない部屋に潜り込んだ。
週末には大きな荷物を取りに来ると言っていたから、デスクやベッドの大型家具はここからなくなってしまうんだろう。
今まだ残されているベッドの上にぼふんと身を沈めると、ないこの甘い匂いがふわりと残っていて、泣きそうになった。
目の奥がつんと熱くなった気がした瞬間、ポケットに入れっぱなしだったスマホが震えたことに気づいた。
取り出すと着信を知らせる画面。
相手の名前を見て、思わず眉を持ち上げる。
…ないこの、妹だ。
「…はい?」
ためらいがちに通話に切り替えると、「あ、いふくん?」と聞き慣れた声が漏れてくる。
こちらの返事を待たないまま、甲高い声が先を続けた。
『ねぇお兄ちゃんそこにいる? 用事あるからずっとメッセージ送って連絡してるのに、返事もくれないんだけど!』
「…え…」
『電話も出ないしさぁ。日曜にちょっと帰ってきてほしい用事があるってお母さんが言ってるから、いふくんから伝えてくれる?』
「……」
思わずスマホを取り落としそうになって、寸でのところで堪えた。
スマホを握る手に力を込め、ベッドの上に上体を起こす。
それでも少しは冷静だと思える部分があったのは、ないこの妹に対して「…わかった、俺から伝えとくな」と返事ができたことだった。
『お願いねー。お兄ちゃん、絶対私のことブロックしてそう』
なんてぶつぶつ言う妹との通話を終わらせ、俺の手は今度は力なくだらんとぶら下がった。
…ないこが…いない?
絶対に実家に帰っているはずだし、そこしか帰るところなんてないはずなのに。
「……」
嫌な予感しかしなくて、たまらず俺はリビングに放り投げていた家の鍵を取り上げた。
他にはスマホと財布だけを手に、まるで弾丸のごとく家から飛び出した。
ないこの交友関係を全て知っているわけではないけれど、あいつはまだ高校生だ。
友人の家に転がりこんだりしたらそこの親から実家に連絡がいくだろう。
そうなるとネカフェやカラオケで寝泊まりしているとか…?
だけどそれも、未成年だから補導されかねない。
「…どこにいるんだよ…っ」
家を飛び出したはいいものの、どこへ向かえばいいのかなんて見当もつかない。
…こうなったら明日学校で待ち伏せするしかないか…?
そう思ったけれど、今もういてもたってもいられない状況なのに、明日までのんきに自分が待てるとも思えない。
そう考えた瞬間、はたと思考が一瞬止まった。
「…学校……?」
そうだ、この時間にないこが確実にいそうな場所といったらあそこしかない。
くるりと踵を返して、駅の方へ足を向ける。
時刻は21時を回った頃。
数か月前まで自分が通っていた予備校へと、地面を蹴って走り出した。
22時前になり、一つの授業を終えたらしい生徒たちがわらわらと出てくる。
ないこは、俺に出て行ってほしいと言われたからといって、急に当てつけのように非行に走るタイプではない。
きっといつものように真面目に受験勉強はしているはずだし、予備校にも欠かさず通っているに決まっている。
そう思って、少し離れた場所で散り散りに帰っていく生徒たちを凝視した。
後で思えば、暗闇の陰から高校生の集団を睨みつけるように見据える大学生なんて、不審者極まりない。
ないこはその大人数の群れの最後の方に出てきた。
ピンク色の髪をなでつけるようにして手櫛で直しながら、ふわぁと大きなあくびをひとつ漏らしている。
その数日ぶりに見る姿に、胸がどくんと震えるように音を立てたのが分かった。
気怠そうにリュックを片側の肩にかけ直しながら、そのまま夜道に紛れていこうとする。
でもそれは、駅の方へ向かう道ではなかった。
どこへ行こうとしているのか…胸がざわりと、またさっきとは違う音を鳴らす。
近くのコンビニに一度寄ったないこは、その後コーヒーのボトルを手にまた夜道を歩き出した。
それでもその歩調は「すたすた」なんて速いものではない。
…目的地もなく、ふらりと歩いているだけのような速度。
もしかしたら、俺に追い出され後、行く場所もなく夜の間ずっとこうして彷徨っていたんだろうか。
そんな嫌な予感がよぎったけれど、その時ないこが動いた。
コーヒーを持っていない方の手でスマホをすいと操作している。
もうその頃には、人気のない道路に入り込んでいた。
真っ暗で静かな通り。
だけど誰かに電話をかけ始めたらしいあいつは、少し後ろを歩く俺の気配に気づくこともない。
「もしもーし」
少しくだけたような口調で、通話相手に声を投げている。
当然相手の声は俺には聞こえない。
ないこの声だけが夜の静寂に振動を伝えて、俺の耳朶を打った。
「えーいいじゃん。おねがい! あと1回! 今日まででいいから泊めてよ」
『今日まで』…?
この電話の相手の家に、ここ数日ないこは泊めてもらっていたということだろうか。
そう思うと、さっきまでのざらりとした感情は生温さなど捨てて、もっと怒りに近いものへと変貌した気がした。
「言ったじゃん、俺帰るとこないんだもん。お礼ならするって」
そう言ったないこがけたけたと笑いながら、さらりと言葉を継いだ。
「体で払うから」
笑いながら言うようなことか?
ざわりと総毛立つような怒りがこみ上げる前に、手が先に動いていた。
大股でないこのすぐ後ろへ近寄り、その肩をぐいと引く。
「え!? わ!」
勢いよく引っ張られてよろめいたないこが、転びそうになるのを何とか留まった。
驚きの声を漏らしたまま視線を上げ、その視界に俺を認めて「まろ!?」と叫ぶように呼ぶ。
「なん…でこんなとこにいんの」
「こっちのセリフやろ。実家に帰らんと、ふらふらふらふら何しとるん」
「は? それお前が言うこと? 俺のこと追い出したくせに」
図星をさされ、本来なら返すべき言葉もなかったはずだ。 今までの俺なら。
だけど今日は黙っていられない。
「俺は『実家に帰れ』って言うたつもりやっただけで…! こんな、高校生の分際でふらふらどこの誰かわからんような人間のとこに転がりこむとは思わんやろ…!?」
「『分際』って、なんだよその言い草…! それにそんなん俺の勝手じゃない? 俺が何しようが別にどうでもいいじゃん」
「いいわけないやろ…! 『体で払う』なんて言うたくせに…!」
どこの誰か知らない、よくない大人の上に乗って腰を振るないこの姿まで想像してしまった。
途端に込み上げてくる負の感情と共に、胃液だか何だかを吐いてしまいそうだ。
「お前何言ってんの? 自分は彼女作って家に連れ込めないからって、俺を追い出したくせに…!」
「そんなん嘘に決まっとるやろ!!!!」
叩きつけるような言葉の応酬に、ないこは一度息を飲んだ。
大きな目がぐわりと見開かれ、瞬きすら忘れたように俺の顔を睨み上げる。
次に何と言葉を継ぐべきか…何から話せばいいのか、瞬時には思考は回らない。
そんな沈黙が生まれた刹那、ないこの手にしていたスマホから爆音が響いた。
『まろ!!! 勝手にきしょい想像すんな!! 泊めたる代わりに掃除させて筋トレ付き合わせただけや!!!!!』
…いや、爆音というよりは爆声と言うべきか。その聞き覚えのある声に俺はまた目を瞠る。
「…え、あに…き…?」
それは、高校時代俺の一つ先輩だった「あにき」のものだった。今は違う大学の医学部に通っている。ないこが1年の時あにきは3年だったから、2人も顔見知りだ。…というよりむしろ、性格も方針も違うのに割と馬が合うらしい2人だった。
「…やば、通話切り忘れてた」
茫然とする俺の前で、ないこは眉を寄せて唇を曲げると、小さくそう呟いた。
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