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寮の裏口に手をかけ、音を殺して中へ入る。
廊下に踏み出した、その瞬間。
「ーー戻ったか。」
聞き覚えのある声に、心臓が跳ねる。
反射的に振り向いた。
柱にもたれるようにして立っていたのは、ガブリエラ・メッセンシア。
寮の管理者であり、神のお告げを聞くことができる男。
ランプの光が、彼の顔にかかる眼鏡の縁をわずかに照らしていた。
「…っ」
思わず息を呑む。
「ガブリエラ様…。まだ起きておられたのですか。」
動揺が隠せなかった。
「巡回の途中だ。」
そう言って、彼は短く眼鏡の位置を直す。
視線だけをこちらに向け、淡々と言った。
その視線の先には、真珠のように白く、光を宿すガブリエラの瞳があった。
透き通るようでいて、何を考えているのか読み取りがたい、冷たくも美しい瞳。
沈黙。
問いただされる前触れのようで、少年は先に口を開いた。
「…あの…このことは…!」
「いや。」
被せるように、ガブリエラは否定した。
「今夜、報告すべき案件はない。」
「…?」
少年は眉をひそめる。
言葉に詰まる。
「俺が見たのは、少し遅く戻った聖騎士だけだ。」
探るような視線ではない。
かといって、冗談めいた軽さもない。
ただ事実を切り分けるような口調だった。
「…なぜ…なのですか?」
問いは、ほとんど反射だった。
ガブリエラは少し考える素振りを見せてから、答える。
「君が戻ってきた。それで十分だと思った。」
「理由になっていません。」
「君にとってはそうなのだろうな。」
さらりと言われ、言葉に詰まる。
この人は、いつもこうだ。
核心に触れそうで、触れない。
胸の奥が、静かに揺れる。
「…ありがとうございます。」
何に対してかは、自分でもはっきりしなかった。
ガブリエラはわずかに目を細める。
それが笑みだったのかどうか、判断はつかない。
最後に一言だけ残す。
「もう部屋に戻りなさい。夜が開ける前に、日常は動き出す。」
その背中を見送りながら、少年は思う。
やはり、この人は読めない。
けれど、怖くはなかった。
自室に戻り、腰を下ろす。
少年は静かに息を吐き、剣をそばに置いた。
明日もまた、この問いを抱えたまま歩くのだろう。