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最初に彼女を“神さま”だと思ったのは、灰色の空から雪が降りしきる、葬式の日だった。
エドワード・ミラー、十歳の冬。唯一の肉親だった祖父が亡くなり、僕は独りぼっちになった。
木の幹に、力なく座り込む。背中の樹皮はやすりのようにザラつき、雪は針のように頬を打つ。感覚が麻痺するほどのこの冷たさは、祖父のいなくなった世界の、残酷な温度そのものだった。
「……うっ……」
限界だった。熱い塊が喉を突き上げ、視界が滲む。ポツリと、涙の粒が雪の上に零れ落ちた。
──その時だ。
涙が触れた雪の結晶が、淡い翠色の光へと姿を変えた。
(え……?)
雪はいつの間にか止んでいた。 僕の周りだけ、幻想的な光の粒が蛍のように舞い上がり、暗い森を照らし出していく。僕の指先からは、制御できない光の波動が溢れ出していた。
驚きで声を上げそうになった僕の前に、その少女は現れた。きゅっ、きゅっ。雪を踏む、軽やかで、気高い足音。
「エド。これは……精霊の魔法よ」
顔を上げると、そこにいたのはセレーナ・エバーモアだった。 蜂蜜色の髪、真珠のような肌。そして、蠱惑的な緑の瞳が僕を見下ろしている。 彼女はためらいなく、泥と涙で汚れた僕の頬を、その白く柔らかな両手で包み込んだ。
(あったかい……)
彼女の指先から、黄金色の波動が流れ込んでくる。代々、治癒魔法を受け継ぐ伯爵家の力。 ひび割れていた心が、優しく溶かされていく気がした。
「癒やしの魔法で、エドの心も治せたらいいのに」
微笑む彼女から漂うのは、冬の百合のような冷たくて甘い香り。その言葉だけで十分だった。
だが、彼女はふいに手を離すと、顔を僕の耳元へ寄せた。
「……でも今のは、私以外誰にも見せちゃダメよ?」
セレーナは、人差し指をそっと自分の唇に当てた。
魔法は、高貴な血筋の貴族だけのもの。それがこの王国の、絶対的な理だ。平民が魔法を持つ。それは奇跡なんてものではなく、運命を狂わせる呪いに等しかった。
憲兵隊に捕まれば、貴族たちに魔力を吸い尽くされる「器」になるか。戦場で死ぬまで使い倒される「人間兵器」になるか。 その末路を、彼女も僕も知っていた。
「……はい、お嬢さま」
僕が答えると、彼女は満足そうに微笑んだ。立ち上がろうとする僕を、彼女は小さな手で制した。
「立たなくていいわ。私が隣に座るから」
ふわりと横に腰を下ろすと、彼女は上質なレースのハンカチで、僕の涙と鼻水を丁寧に拭った。
「……ごめんなさい。汚して」
「いいのよ。また買ってもらえばいいもの」
無邪気で、残酷。あまりにも遠い世界の言葉だった。 恥ずかしかった。よりによって、僕が知る限り一番きれいな子に、こんなにも無様な姿を晒すなんて。
「……森は、どうなるんですか?」
祖父が守ってきた場所が、奪われるのが怖かった。セレーナはちらりと森を見やり、小さく微笑んだ。
「森は、誰のものでもないわ。……でも、私が決めてあげる」
彼女は立ち上がり、白くまぶしい手の甲を僕の前に差し出した。
「エドワード・ミラー。今日からあなたを、エバーモア家の“森番見習い”に任命します」
「森番……見習い……?」
「ええ。私を森に案内する仕事よ。精霊に選ばれたあなたなら、できるわ」
何の権限もない少女の宣言。それなのに、世界は本当に彼女の言葉で決まるように思えた。
僕は差し出された手に、そっと唇を寄せた。雪よりも白くてまぶしい手。永遠に届かないほど尊い、神さまの手——。
──そのとき、僕は知らなかった。一生、この手に救われ、同じだけ、狂おしく傷つけられる未来がもう始まっていたことを。