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あの日から、僕の呼び名は「森番の孫」から「お嬢さまの森番見習い」になった。伯爵が笑って認めたせいで、屋敷公認の役目になったのだ。僕は使用人として働くわけではなく、これまで通りセレーナと遊び、たまに村の学校に通う生活を送った。
「ほら、ついてきなさい。私の森番見習い」
セレーナはそう言うと、森の奥へどんどん先へ行ってしまう。追いついた僕は、祖父に教わった木や草花の知識を披露が、彼女は退屈そうだった。けれど、興味のあるものを見つけると、目を輝かせて駆け出した。
「あのお花、きれい!」
「でも、その先は苔で滑って危ないから——」
「危ないから、森番がいるんでしょう?」
振り返った彼女は、いたずらっぽく笑う。僕は結局、彼女の後を追い、転びそうになるたびに腕をつかんだ。守られることを、彼女は当然のように受け入れていた。
僕がセレーナの遊び相手になったのは、祖父ジョンに引き取られた七歳のときからだった。それまでは両親とともに、首都の川沿いの工場地帯で暮らしていた。工場の事故で両親が亡くなり、唯一の肉親である森番の祖父を頼って屋敷へ来た。彼女と初めて会った日、思わず祖父に囁いたのを覚えている。
「おじいちゃん、天使がいる……!」
祖父は吹き出した。
「坊主、ありゃセレーナお嬢様だ。エバーモア伯爵家の一人娘よ。お前さんはこれから、お嬢様のお守りをするんだ」
セレーナは、天使なんかじゃない。むしろ——悪魔だ。とんでもなくわがままで、お転婆で、気まぐれ。食事は一口つついて残し、お菓子ばかりねだる。髪を結うのを嫌がってメイドを振り切り、家庭教師の授業を抜け出し、ドレスの裾をひるがえして森へ走ってくる。
「セレーナ様ーっ!」
「お嬢様、どちらへ——!」
屋敷のあちこちで、使用人たちの悲鳴が上がる。毎日好き放題に世界を振り回して、小さな嵐みたいだった。けれど、その嵐の中心にいる彼女は、いつも眩しいほど輝いていた。歩いているだけで、森の風景が彼女のための舞台になる。笑うと、小さなえくぼができて、さらに愛らしくなった。
セレーナは時々、意地悪をする。小枝で地面に線を引き、
「ここからここまでは、あなたの領地よ。こっちは私の領地なんだから、入ってきちゃダメ。ほら、あっちへ行ってなさい。しっしっ」
手で追い払うような仕草をするのに、口調はどこか甘い。拒絶されているはずなのに、僕は胸の奥がくすぐったくなった。木苺を見つけると、僕に採らせて言う。
「あなたは食べちゃダメ。ぜーんぶ私のよ!」
悪魔だ。けれどふいに、赤い実を一粒つまみ、背伸びして僕の唇にそっと当てる。
「……はい、“あーん”して? 特別よ。私の森番見習いなんだから」
木苺の甘酸っぱさよりも、唇に感じた彼女の体温が強く残った。
「どう? おいしい?」
「……うん」
「よかった」
彼女は満足そうに微笑む。その笑顔は幼いのに、人を手懐ける術を、もう本能で知っているみたいだった。
祖父は、生前よくこう言っていた。
「お前は犬みたいにあの子を追いかけてるが、そのうち骨までしゃぶられるぞ」
その言葉を思い出すたび、僕は苦笑した。骨どころか、全部持っていかれてもいい。いつしかそう思うようになってしまったからだ。