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2日後、香帆は仕事に復帰した。
20日間も休んで迷惑を掛けたが、職場は優しく迎えてくれた。
颯真は この営業所にいたから、みんなが彼を知ってる。
まさか突然死ぬなんて、誰も思っていなかった。
スタッフもドライバーも、暖かく香帆に接してくれた。
「忘れてることもあるし。受付するの恐いな」
「大丈夫よ。すぐ元通りになるって」
イレギュラーな対応は美緒に任せて、香帆は基本の仕事から始めた。
新入社員に戻った気分だ。
「美緒、よろしくね」
「うん」
美緒はフッと笑った。
(え????)
(あれ? なんだろ?)
香帆は違和感を覚えた。
なんか、いつもと違うような……?
(いや、考え過ぎか)
「よろしくね」 「うん(笑)」
すごく普通で当然な会話だ。何を気にしてるんだろ。
(この20日間でイロイロあり過ぎて、感覚が変になってる)
会社から帰った香帆は、ダイニングテーブルで牛丼を食べた。
テイクアウトした商品だ。
颯真が死んでから自炊が減った。
弁当も作らないから、昼食は[カップ麺]か[総菜パン]が多い。
栄養なんて週1回取ればいい。贅沢御飯は月1回で十分だ。
(本当に楽になったな)と思う。
幽霊の颯真はソファーに座っているから、死んだ気がしない。
ただ、ちょっと浮いてるのが気になる。
「アイツは、物件をキャンセルしたで」
颯真は情報収集担当だ。
桜志郎が契約した不動産会社に潜入して情報を探っている。
「じゃあ、終わり?」
「そんな簡単ちゃう」
不動産会社と『賃貸借契約』した後に解約すると、
〈礼金〉〈仲介手数料〉は戻らない。扱いが「退去」になるからだ。
桜志郎が契約した不動産会社は「解約通知は2ヶ月前まで」だから、
再来月まで〈家賃〉を請求される。
「しかもアイツは工事を急いだやん。物件に手を入れたから、敷金も戻らんわ」
賃貸借契約が終了したとき、借主は「物件を元の状態に戻す」義務がある。
物件の工事を始めた桜志郎には「原状回復義務」が生じて、
この費用は〈敷金〉から払うことになる。
「てことは……、礼金、敷金、手数料、ぜんぶ戻らないし、再来月まで家賃を払う、ってことね」
「それだけちゃう。施工会社にキャンセル料が発生するで。工事始めたし、材料仕入れたトコもあるし」
「それならさ、いっそオープンした方がよくない?」
「無理やん。もう資金がないし」
「そっか。オープンするなら、もっともっとお金が必要ね」
「初期費用は、俺らの三千万円で賄うつもりやったからな」
「絶妙のタイミングで取り返せたわ。颯真のお陰よ」
「戦いに〈情報)は必要や」
香帆はビールをグッと飲んだ。
「おいし―!」
颯真は羨ましそうだ。
「ええなぁ。俺も飲みたいわ」
「缶を持てないもんね」
「幽霊になったら得する、思たんやけど」
「得って?」
「映画館で タダ観したり、女湯入ったり」
「ダメでしょ!」
「せやねん。悪いことしたら〈地獄行き〉やねんて」
現世に戻るとき、三途川から厳重に忠告された。
「法律、公序良俗に反する行為は、そく地獄行きとなります」
「俺、プロ野球が好きやねん。球場行って観たらあかんの?」
「入場料を払わずに観戦してはいけません」
「厳しいなぁ、幽霊の特権ちゃうん?」
「幽霊に特権なんてありません」
香帆はビールを飲みながら笑った。
「三途川さんってサイコー」
「ホンマに怖い人やで」
ビールを飲み終えた香帆は、颯真のスマホを手に取った。
「アイツは、いま〈どん底〉にいるけど、〈奈落の底〉に落としてやるわ」
「そうや。肝心なことが残ってるしな」
「じゃあ、電話するね」