テラーノベル
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通学路を並んで歩き、踏切の前に着く。いつもはここで別れる場所で、晶子は初めて踏切の南側、自分から見て「踏切の向こう側」へ、足を踏み入れた。
別に何も違わないように見えた。道路はちゃんと舗装されているし、歩道もガードレールもある。近くの駅から伸びている商店街には、店があり、普通の服装の人たちが歩いている。
晶子はカンナの方にそっと体を近づけ、小声で話しかけた。
「あたし、踏切のこっち側に来たの多分初めてだけど、なんにも変わったとこないんだね」
カンナはそれが癖なのか、両腕を頭の後ろで組んだまま歩きながら、少し意外そうな表情をした。
「そうなのか? オレも踏切のあっち側には行った事ないからな」
五分ほど歩くと見分けがつかないほどに似通った造りの公営住宅が立ち並ぶエリアにたどり着いた。
晶子は初めて違う何かを見つけた気がした。並ぶ建物はどれもこれも外見が同じで、外壁はくすんだ灰色をしている。
晶子の住む一帯のマンションはそれぞれ少しずつ違う形をしていて、外壁も微妙に違う色をしている。
カンナの後に続いて建物の一つに入って行く。中央部の開いた空間に入ると、いきなり階段が見えた。カンナが上を指差して晶子に言う。
「オレんち、この5階」
晶子は左右をきょろきょろと見回した。
「エレベーターはどこ?」
カンナはいきなり大笑いをした。
「そんな物あるわきゃないだろ。ホテルじゃないんだぜ」
そしてカンナは階段を二段飛びで駆け上がりながら晶子を手招きした。
「ほら早く来いよ」
晶子は一段ずつ息をはずませながらついて行った。
最上階にたどり着き、左へ進んでカンナの家である一室のドアの前に着く。カンナは半ズボンのポケットから鍵を取り出してドアを開いた。
カンナが先に中に入り、晶子を手招きした。
「よかった。母ちゃん今パートの間の空き時間なんだ。入れよ、篠崎」
「お邪魔します」
そう言いながら晶子は靴を脱いできちんと揃えて、薄暗い短い廊下を進む。どうやら部屋は二つだけ、八畳ほどの部屋と六畳ほどの部屋が襖で区切られている。
晶子の家には襖はないので、珍しそうな目つきでその表面を見ていると、部屋の奥の毛布の塊が動いて、スエット姿の女性が上半身を起こした。
「帰ってんのかい、カンナ」
カンナの母親は目をこすりながら娘に声をかける。晶子の存在にはまだ気づいていないようだった。
カンナはランドセルを部屋の隅に置いて母親に言った。
「母ちゃん、学校の友達連れて来た。ちょっと相談したい事あってさ」
カンナの母親は晶子の姿に気づき、あわてて毛布を畳んだ。
「あら、みっともないとこ見せちゃったね。前のパートが終わってひと眠りしてたもんだから。ええと、麦茶でいいかい」
晶子は立ったままペコリと頭を下げた。
「同じクラスの篠崎晶子です。お邪魔してます」
カンナが台所へ向かって歩き出しながら母親に言う。
「ああ、麦茶はオレが持ってくっから、話聞いて」
晶子は畳の床に正座して、遠足の弁当の件をカンナの母親に説明した。聞き終わったカンナの母親は面食らったような、それでも「それは助かる」と言いたげな表情を見せた。そして晶子に尋ねた。
「あんたはどこの棟の子なんだい?」
晶子が自宅の番地を告げると、母親は驚いた様子を見せ、お盆に麦茶のコップ三個を乗せて部屋に戻って来たカンナに詰問調で言った。
「あんた、この子を脅してんじゃないだろうね? 踏切のあっち側の家のお嬢さんじゃないか」
「んなわきゃねえだろ」
カンナは頬を膨らませて言い返した。麦茶の入ったプラスチックのコップを証拠と母親に渡す。自分のコップを手に取るとそのまま畳の上に胡坐をかいて座った。
「同じクラスの仲良しなんだよ。そうだよな、篠崎」
母親はなおも疑いの目で晶子に問いかける。
「本当なのかい?」
晶子は何度も大きくうなずく。母親はようやく安心した様子で、膝を正して晶子に頭を下げた。
「それじゃあ申し訳ないけど、お願いできるかねえ。あんたのお母さんには、いつか必ずお礼はしますからって、くれぐれもそう伝えといてね」
晶子は、自分の母親と同じぐらいのはずの、しかしずっと老けて見えるカンナの母親に向かって、精一杯明るく笑って見せた。
「いいですよ、お礼なんて。あたしが山室さんにしてあげたいだけですから」
カンナが立ち上がりながら母親に言う。
「じゃあ、これから篠崎の家に行ってくる。母ちゃん、夜のパートの時間はいいのか?」
母親は手元のスマホの時刻表示を見て、あっと声を上げた。
「おっと、出かける準備しないと」
晶子とカンナが玄関から出ようとすると母親がわざわざ見送ってくれた。
「じゃあ、篠崎さん。悪いけどお願いね。カンナ、行儀よくしてんだよ!」
「分かってるって。よし行こうぜ、篠崎」
そう言い返したカンナに促され、晶子は階段を下って行った。
コメント
1件
第3話読みました〜! 踏切の向こう側、晶子ちゃんにとっては未知の世界なのに「なんにも変わったとこない」って素直に言えるのがいいね😭 でも公営住宅の描写で、ちゃんと「違う世界」なんだって伝わってきてドキドキした...。カンナ母ちゃんの「脅してんじゃないだろうね?」にはハッとしたよ。晶子ちゃんの「あたしが山室さんにしてあげたいだけですから」が沁みた...! 2人の友情、これからも応援したくなる回だった🌸
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グリルタ
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