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グリルタ
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晶子とカンナは踏切の方へ向かってまた歩いた。ランドセルを自宅に置いて来て身軽になったカンナは、子猫のようにぴょんぴょんと晶子の周りで跳ね回るようにして進んでいた。
踏切に差し掛かる。晶子は学校で教えられた通り、警報が鳴っていなくても念のため線路の左右を見て渡る。カンナはそんな事は気にも留めず、そのまま線路の上を横切って行く。
晶子のマンションへ続く緩やかな坂道を歩きながら、カンナはきょろきょろと道沿いの建物を見回していた。そして晶子に言う。
「ほんとだ。踏切の向こう側って別に変わったとこないんだな」
「山室さんもこの辺来るの初めてなんだよね」
「正直緊張してたんだ。篠崎の家ってどんなとこなんだろうって」
「あはは、大げさだよ。うちは普通の家だから」
晶子のマンションの前に着く。エントランスのドアをくぐった晶子はカンナが後ろにいない事に気づいた。カンナはエントランスの前の道路にまだ立っていた。
首をぐっと後ろに傾けて上を見つめているカンナの側へ晶子が戻って来る。カンナにささやく。
「山室さん、どうかした?」
「これが篠崎の家なのか?」
「うん。あ、もちろん、この中の一つが、だよ」
「これ何階まであるんだ?」
「ええと、18階建て。うちは12階にあるの」
「うわ、毎日昇り降りだけで大変なんだな」
エントランスを一緒にくぐり、内扉の自動ドアを開くために、晶子がスカートのポケットから電子キーを取り出す。親指の先ほどの大きさのそれを見たカンナが眉をひそめる。
「篠崎、それ何だ?」
「これ? これを壁のここにあてるの」
晶子が電子キーを壁のインターホンの横の丸い装置にかざすと、すりガラスのスライドドアが開く。カンナが驚いた声を上げた。
「入り口が二つあんのか?」
「うん、防犯対策だって」
内扉を抜けて中に入る。カンナがまた落ち着かない様子であたりをきょろきょろ見回す。そして晶子に言う。
「篠崎、階段はどこだ?」
「非常階段は外にあるよ」
晶子がエレベーターのボタンを押すのを見てカンナがまた驚きの声を上げた。
「それ、エレベーターか?」
「うん、そうだけど」
「毎日エレベーターでここと12階と行き来すんのか?」
「うん、この辺りのマンションはみんなそうだけど。あ、来たよ」
二人でエレベーターに乗り込む。カンナは今度はエレベーターの内部を舐めまわすように見つめた。カンナが晶子に言う。
「篠崎の家って、フユーソウってやつか?」
「え? フユーソウ?」
晶子の頭の中でその音が「富裕層」という漢字に変換される。晶子はこらえきれず笑い声を上げた。
「あはは、違うよ。それってすごいお金持ちの事でしょ? あたしのお父さんもお母さんも普通のサラリーマンで、うちは普通の家なんだって」
12階でエレベーターを降り、二人で晶子の家の部屋に向かう。カンナは相変わらず廊下の壁や天井を見回していた。そして晶子に訊いた。
「今日は平日だろ。この時間にお母さん家にいるのか?」
「この前日曜日に出張があったから、今日は代休なんだって」
晶子の家の扉にたどり着き、晶子が鍵を取り出してドアを開ける。晶子が先に玄関に入り家の奥に声を上げる。
「ただいま、お母さん。学校の友達連れて来たよ」
晶子が靴を脱ぎ、上がり框に上がってスリッパを履き、カンナに「ちょっと待ってね」と言って、靴箱から来客用のスリッパを取り出す。カンナはポカンとした表情だった。
「スリッパなんて履くのか? 家の中で。やっぱ篠崎って大金持ちのお嬢様じゃないのか?」
「もう! だからそんなんじゃないって。さ、こっち」
リビングへ向かう途中、カンナはしきりに感心した声を上げていた。
「部屋が三つもあんのか? それも広いな」
リビングのドアは内側から開いた。ゆったりした部屋着の晶子の母親が自らドアを開いて迎え入れてくれた。
「あら、晶子がお友達を家に連れて来るなんて初めてじゃないかしら。こんにちわ、お名前は?」
カンナは体育の授業の時のような直立不動の姿勢になり、腰を90度の角度で折って深々とお辞儀をした。
「あ、あの、突然お邪魔してすいません。篠崎の……いや、篠崎さんのクラスメートの山室カンナと言います」
「カンナちゃんね。まあ、素敵なお名前。固くならなくていいわよ、ゆっくりしていってね」
リビングの二人掛けのソファに晶子とカンナが並んで座り、向かいの一人掛けのソファに晶子の母親が座った。晶子は遠足の弁当の件を母親に説明した。
晶子の母親は聞き終わって、大きくうなずきながらカンナに視線を向けた。
「そういう事なら喜んで力になるわよ。確かに今どきお弁当は母親の手作りでなきゃダメなんて、学校の方針にはあたしも困る時あるからね」
カンナは学校でのガキ大将ぶりが嘘のようにかしこまっていた。
「ほんとにお願いしていいんですか? あ、うちの母ちゃんが、いつか必ずこのお礼はしますって、そう言ってました」
「あらあら、お礼なんていいわよ。お弁当作りなんて一人分も二人分も手間は一緒だから」
「じゃあ、お願いします!」
晶子が自分の母親に満面の笑顔で言う。
「ありがと、お母さん。これで遠足行けるね、山室さん」
「ああ、ありがとな、篠崎……さん」
そんな二人の様子を見て、晶子の母親は満足そうに微笑んだ。そしてカンナに言う。
「これからも気軽に遊びに来てちょうだいね。晶子は、おとなしいと言えば聞こえはいいけど、人見知りで引っ込み思案なとこあるから」
カンナは右の拳で自分の胸をポンと叩いて答えた。
「はい。オレ……あたしたち、仲良しですから」
カンナがふと壁の掛け時計の時刻を見て立ち上がった。
「あ、オレ、もう帰らなきゃ」
晶子が戸惑った口調で言う。
「え、もっと遊んでいけば?」
晶子の母親も言う。
「ええ、遠慮はいらないのよ」
カンナは頭をかきながら応える。
「あ、いや。今日は父ちゃんが早番だから、そろそろ帰って晩飯の用意しないと」
晶子の母親が目を見張る。
「あら、あなたがおうちのご飯の用意なさるの?」
「うち、母ちゃんが夜のコンビニのパートやってるから、父ちゃんの晩飯はたいていオレが作るんだ。ま、冷凍食品を温めるだけだけどな。米は炊いとかなきゃいけねえし」
晶子は単なる好奇心から訊いてみた。
「お父さんはどんなお仕事してるの?」
「鳶(とび)職」
「何それ?」
「建築現場の高い所で組み立てとかするやつ。まあ、うちの父ちゃんの場合、日雇いなんだけどな」
晶子の母親は心底感心した口調で言った。
「まあ偉いわね。晶子と同じ年でおうちの事そこまでしてるなんて。晶子、見習いなさい」
晶子は母親の次のセリフから逃げ出すように、カンナの横に寄り添った。
「じゃあ山室さん、玄関まで一緒に行こう。お見送りしてあげる」
「そうか、悪いな。じゃ、おばさん、お邪魔しました!」
マンションのエントランスまでカンナを見送り、晶子はにこにこ笑いながら送り出した。
「山室さん、明日忘れずに遠足の参加届け出すんだよ!」
「おお! ありがとな、篠崎! じゃあな!」
今度は子犬のような軽やかな足取りで走り去って行くカンナの背中を、晶子は見えなくなるまでずっと見つめていた。
コメント
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第4話、拝読しました。カンナちゃんが晶子の家に初めて来て、エレベーターやスリッパにいちいち驚く反応が本当に可愛くて、思わず頬が緩みました。あの「富裕層」の聞き間違いのシーンとか、もう最高です。でも最後に、家で晩ご飯の支度をしてるって話をさらっと言うところで、彼女の家庭環境がちょっと見えて、胸がぎゅっとなりました。晶子もお母さんも優しくて、ほっこりする回でした。二人の仲がどんどん深まっていく感じが好きです🌷