◻︎弥生さんの話
「お誕生日おめでとう!礼子!」
「ありがとう、乾杯♪」
「乾杯♪」
今日は早めにお酒を開ける。
今夜は2人で秘密基地にお泊まりだ。
テーブルには豚しゃぶとケーキとメロンと葡萄と、それから剣先イカにマヨ醤油一味、タコワサが並んだ。
2人が好きなものだけを食べるという贅沢。
「はぁ…とうとう51になってしまったわ」
ポツリと礼子が言う。
「まだまだこれからよ、私だってすぐ追いつくから」
「いや、年齢は追いつけないっしょ?」
「気持ちの問題だね」
「それにしても、弥生さん、いまごろどうしてるんだろうね?」
「だよね?連絡先は聞いてるけど、なんか用事もないのに連絡するのはどうかな?って思っちゃって」
「いいんじゃない?」
「え?」
「そういう変な気遣いは、いらないんじゃない?そういうお年頃よ、もう」
「お年頃ねぇ…」
「遠回しに聞かれるよりストレートに聞かれた方が話しやすいし、なにより美和子には連絡先を教えたってことは、聞いてほしいことがあるかもしれないよ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ、連絡して聞いてみようよ、素直に興味本位ですって言ってさ。私も興味あるんだよね?駆け落ちってドラマでしか知らないもの」
「そうだね、あとで連絡してみよう」
駆け落ちどころか、私は恋愛経験も少ないと思う。
礼子と2人、過去の恋愛の話で盛り上がった。
若いあの頃感じていた、好き過ぎてたまらない焼けるような感情はどこへ行ってしまったんだろう?
「…てかさ、そういう好き過ぎてたまらない相手が今の旦那さんなの?美和子の」
「?あれ?違うなぁ、好き過ぎてたまらない人とは恋愛だけで終わった、疲れちゃってさ、結婚までいかなかったわ」
「やっぱり、恋愛と結婚って別物なんだよね?」
「礼子も?」
「うん、思い出したら、めちゃくちゃ好きだったのは結婚前に付き合ってた別の人だったわ」
はぁ…と2人でため息。
_____めちゃくちゃ好きな人と結婚したら、どうなっていたのかな?
今ではもう、ハッキリとは思い出せない昔の恋の相手を記憶から引っ張り出してみる。
「ダメだね。めちゃくちゃ好きな人と結婚してたら、その人のために尽くし過ぎて自分は幸せになれない気がするよ」
「それ、わかる。結婚はさぁ、一番好きな人より二番目がいいってそういうことかもね。情熱だけで突っ走らず、ちょっと冷静になれるから」
「そうだね、結婚って、好きと愛してるだけでは継続は難しい気がするもん」
「でも、だとしたら、今この歳になって好きな人ができてその人のもとへ突っ走った弥生さんって…」
「うん、感情にまかせて突っ走っちゃって、大丈夫なのかな?」
「やっぱり、興味ある!聞こうよ!」
「そうだね、連絡してみる」
少し酔いが回った私たちは、寝転がってスマホを手にした。
腰が痛いという礼子はちゃんとマットレスを持ち込んでいたけど、私はヨガマットの上に寝袋を用意した。
「一応、メッセージ送ってからにする!」
「うん」
〈こんばんは。美和子です。いま電話してもいいですか?〉
《こんばんは、いいですよ》
すぐに返事がきた。
「いいって!かけるよ!」
「うん!」
スマホをスピーカーにして電話した。
礼子にはしっ!と人差し指を立てて、声をひそめてもらう。
2回めのコールで弥生さんは出た。
「もしもし、弥生さん?」
『うん、美和子さん、元気だった?』
「私は元気だよ、相変わらず。ね、弥生さん、今どうしてるの?」
『今?幸せに暮らしてるわよ』
「あの時の男性と?」
『うん、そうよ。あの時もうちょっと時間があったら紹介したんだけど…』
_____紹介されたとしても、私はどう挨拶すればいいのか困ったはずだけど
「あの…正直に言うね、どうして弥生さんが駆け落ちっていうのかな?離婚届を置いて他の男性のもとへ行ったのか、聞いてみたくて電話したの」
『フフッ、ホント、美和子さんは正直ね。でもだから助かる。ね!私のこと、どんな噂になってる?』
「若いホストにお金を注ぎ込んで、駆け落ちしたって言われてると思うけど」
『んー、半分あたりだけど、半分違うな。やっぱり噂ってテキトーね』
「事実がわからないと、話盛られるし捻じ曲げられるからね」
『かと言って、みんなに状況を説明するわけにもいかないからね。言いたい人には言わせておけばいいかと思って』
「まぁ、それはそうだね。半分っていうことはホストにお金使ってまでは合ってるの?」
隣でサラサラとメモをとる礼子。
何してるの?と口パクで言うと、聞いた話をちゃんとおぼえておきたいからとメモに走り書きした。
『発端はね、うちの人の浮気…というか風俗通いからなの』
「えっ!来栖さんのご主人は、そんなイメージないんだけど」
『でしょ?真面目でカタブツに見えるもんね。でもまぁ、男だからね、そういうこともあるわよね。それはいいんだけど…』
「何か別なこと?」
『うちの人って、お堅いイメージでしょ?見ての通りでモラハラとまではいかないけど、私に対してはいつも説教みたいにあれこれ言ってたの。妻として母としてこうあるべきだ、みたいな感じの。だから風俗のカード?みたいなものを見つけた時に、やった、これで弱みを手に入れたと思ったの』
横で礼子が、メモを書き足している。
_____カード作るくらいの常習犯?
「それでご主人にそのことを問い詰めたの?」
『そう!そしたらね、逆ギレよ、お前が女じゃないからそういうところに行くことになるんだって』
「は?なんだその言い分は!」
『まあそう言われてみればそうかもしれないと思ったんだけどね。でも、それまであの人が言う通りに妻としてやってきたつもりだったから、誰のせいよ!って頭にきて、私もまだ捨てたモンじゃないんだからと…』
「で、ホストクラブへ?」
『うん、お金さえ出せばいい女扱いしてくれるし…』
「だから大金を使っちゃったの?」
『うん、全部で200超えてしまった…でもそれは私が独身時代に貯めたお金だから』
「家のお金とは違うんだ」
『あの人にとっては、俺のものは俺のもの嫁のものも俺のものって考えだからね。でもあの人が風俗に使ったお金と変わらないくらいよ、調べたから』
「今一緒にいる男性は誰?」
『渡辺正光さん、独身よ、安心して』
「よその旦那さんを横取りしたわけじゃないのね?」
『それが言いたかったの、わかってくれてありがとう』
「じゃあ、離婚が成立したら渡辺さんと結婚するの?」
『しないわ、多分…』
「え?」
『彼と一緒にいたいから結婚したくて、夫と離婚するわけじゃないのよ。結婚はしなくてもいいけど離婚はしたいの、わかる?』
「まぁ、それはわかります。てか離婚は成立したの?」
『それがね…まだ離婚届が出されてないみたいで。何してるのかしらね、あの人は』
弥生さんははため息混じりに言った。
「その渡辺さんとはどうやって知り合ったの?」
『フフッ、笑わない?』
「いやぁ、返事によっては笑うかも?」
『ほんっとに馬鹿正直なんだから、美和子さんは。サイトよ、出会い系じゃないんだけど。ぶつぶつ不満を呟いてたら、声をかけてくれたの。話を聞いてもらってたら、なんだか気が合っちゃった』
「マジで?サイトとか意外過ぎるんだけど」
『でしょ?出会い方からして、胡散臭いのよ私たち。だからね、籍とか入れなくていいの。その方が自由でしょ?』
「そりゃまぁ…ね。えっと、じゃあ、お子さんは?娘さん2人はなんて?」
『いいよって。だいぶ前から娘たちには言われてたのよ、お父さんみたいな人とは絶対結婚しないって。お母さんが離婚したくなったら止めないって。子どもの頃から、あの人の態度とか理不尽な物言いとか見てたからね、わかってたみたい』
_____そんな感じの家庭だったんだ…気づかなかった
「私、そういうとこ全然気づかなかった、隣なのに」
『だから、よかったのよ。隣が美和子さんみたいな人でよかった。詮索好きで噂好きな人だったらノイローゼになってたかも?家を出るのは、せめて娘2人が独立してからって決めてたからね。そのタイミングであの人の風俗通いや正光さんとの出会いがあっただけ。それがあったから勢いついて、ポーンと家を出ちゃった』
「じゃあ、ついでにもう一つ、聞いてもいい?その渡辺さんと出会ってなかったら家は出なかった?」
『んー、遅かれ早かれ出ていたと思うよ。でも離婚はどうかな?別居婚を考えたかもね。どっちにしても、あの人が私を女として見なくなったように、私もあの人を夫として見なくなったから…』
_____あれ?
「男として見なくなった?んじゃないの?」
『もうね、男としてはいらないわよ、夫であればそれでよかったんだけど』
「難しいな」
『なんていうか、私自身を否定された時に、終わったなって思ったのよ』
「否定?」
『お前なんか金がなければ、見向きもされないババアのくせに、とか、1人じゃ生きていけないくせに、とかね。自分はなんだって言いたいのよ、ねー!?ちなみに、私は少し前から働いて準備してたのよ』
「風俗なら同じことよね?てか、え、準備してたんだ」
『でしょ、でしょ?単純にお金をホストに注ぎ込んだことだけを咎められるのなら、わかるんだけどね…。準備はね、娘が独立する頃から始めてたわよ。知らなかったのはあの人だけよ』
「ね、食器棚は?」
『あ、あれ?私がやった。あんまりにも腹が立って、あの人をぶん殴りそうになってその勢いで』
_____どんだけの勢いなんだよ
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