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「あばばばば! あーばばば!!」
「ひゃぁあぁああぁあっ!?」
奇声を上げながら、私に迫りくる白ウサギ。
ここにきて初めてその顔を見ることが出来たが、目全体がぐりぐりと大きく、瞳がやたらと小さい。
いわゆる漫画的というかコミカルというか、大雑把に言うとそんな顔をしていた。
それにしても、もう少しこう……可愛いデザインにはならなかったのだろうか。
女子高生が鞄に付けるような白ウサギのぬいぐるみ……とかであれば、これはこれでアリなデザインかもしれないけど……。
しかし今は、そんなことを言っている場合ではない。
やたらと凄い迫力で、一直線に私の方に向かって走ってきているのだ。
――怖い! とにかく怖い! 魔物とは違った意味で超怖い!!
ある程度逃げはしたものの、さすがに走るのがしんどくなってきた。
転生して以来、こんなに走ったことはあっただろうか。
……無いような気がする!
それでも出来るだけは頑張ってみたものの、徐々に足が上がらなくなってきた。
後ろを見れば、白ウサギは変わらぬスピードで迫ってくる――
ええい、ここは仕方ない!
私は足を止めて素早く振り返り、白ウサギの方へと手をかざした。
「――アクア・ブラストッ!!」
魔法を唱えるや、私の手からは水球が弾け飛び、一直線に白ウサギの方に向かっていった。
逃げられないのなら倒すまで!!
ズバアアアアンッ!!
しかし水球は勢いよく地面に当たり、地面をえぐってから周囲に飛散していった。
「あ、あれ!? 白ウサギは!?」
水球がえぐった地面の近くには、白ウサギの姿は無い。もしかして、避けられた……!?
辺りを確認しようと目線を動かした瞬間、私の間近にまで接近していた白ウサギと目が合う。
「うぇっ!?」
そしてそのまま、私のアゴの真下から強い衝撃が突き抜ける。
気が遠くなっていく中、視線の先……宙に見えたのは、前足を振り上げた状態で真上に跳んでいく白ウサギ。
ああ、これ、アッパーみたいな感じで一撃をもらったのか――
……転生前を含めて、こんな見事なアッパーを食らったのは人生で初めてだわ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次に気が付いたとき、私は森の中にいた。
「……あいたたた……」
とりあえず、痛みの強いアゴをさすりながら身体を起こす。
地面に手をつくと、軽く雨が降ったあとのような、どこかしっとりした感触が伝わってきた。
「んー……。とりあえず、骨は折れていないかな……。
こんなところで大怪我したら洒落にならないからね。薬も作れないし……」
はぁ、とため息をついて周囲を見回す。
白ウサギはどこにもおらず、森は静寂に包まれていた。
しかしそれでも、息を潜めてみれば、何者かの雰囲気を感じることが出来た。
「……あっちに、誰かいるのかな?」
そう思いながら、少し先へと進んでみる。
するとそこには、大きなキノコの上に乗った、大きな青虫がいた。
「おお、青虫だ……。でかい……」
大きさは私と同じくらいの、超巨大な青虫。
しかし不思議と、気持ち悪いといった印象は受けなかった。
何でだろう? 多分、ここが夢の世界だからかな?
「こんにちはー」
青虫が話せるかどうかは分からなかったが、とりあえず声を掛けてみる。
声を掛けた瞬間、この青虫が白ウサギみたいな怖い感じだったらどうしよう……と自分の迂闊さを呪ったものの、さすがにそこまでおかしい虫では無いようだった。
「――知っているかね」
青虫はまず、そんな言葉で話を切り出した。
「え? えーっと、何を……ですか?」
「うむ。キノコは、可能性に満ち溢れている」
恐らくはキリッとした感じで言っているのだろう。
青虫だから、正直表情がよく分からないんだけど……。
「はぁ。
……だからあなたは、キノコの上に乗っているんですか?」
「うむ。キノコの上にも3年とよく言うだろう」
初耳です。
「ちなみに、3年もいるとどうなるんですか?」
「うむ。キノコの|芳醇《ほうじゅん》な香りと豊かな味が、その身に移るのだ」
「……それ、あなたが食べられちゃいません?」
「うむ。私を狙って狩人がよくやってくるものだ。
しかし昨日などは、襲ってきた狂犬を返り討ちにしたくらいだぞ」
「へぇー……」
「うむ。ときに異世界では、そんなキノコに敵対する存在があるという。
実に嘆かわしい。キノコこそ最強にして至高と言うのに……。お前もそう思うだろう?」
「はぁ。私の知る限り、ある異世界ではタケノコがライバルになっていますね」
いわゆるアレ。某社の、お菓子の話だ。
「うむむ! 『タケノコ』とは何とおぞましい響きか。
キノコこそ至福。キノコこそ――」
「あの、その話はまだ続くんですか?」
「うむ。私はキノコの真理を伝える伝道師であるが故に――」
「あ。私、キノコ大好きです! だから次の話をお願いします!」
「うむ? ……キノコのこと以外に、何を話せというのかね?」
えっ。会話の引き出し、少なすぎじゃない!?
「えぇっと……それじゃ、あの。
さっき変な白ウサギに襲われたんですけど、あれが何かって知ってます?」
「うむ。あれは――」
青虫が話し始めた瞬間、空から突然巨大な鳥が青虫を襲った。
巨大な鳥はその足で、がっちりと青虫を捕まえることに成功した。
「え、ちょ、ちょっと――!?」
「うむ。よく味わって食べるのだぞ」
「ピヨーッ!!」
巨大な鳥は大きな鳴き声を上げて、青虫ともども空の彼方へ飛んで行ってしまった。
「――え?
えぇっと……なに、この展開?」
しばらく空を見上げて呆けていたが、気が抜けて一気に疲れてしまった。
何だかこの世界、カオス過ぎてよく分からないというか……、いや本当にそれに尽きる。
ひとまずは地面が|湿気《しけ》ていることもあり、青虫が乗っていた大きなキノコに寄り掛かって、身体を休めることにした。
体重が足以外のところに分散するだけで、ずいぶん楽になるというものだ。
「――我は調和の番人」
「ほわっ!?」
突然に響いた声に、私はまた変な声を出して驚いてしまう。
慌てて辺りを見渡すものの、誰がいるというわけでも無いのだが――
と、言うと……?
「……あのぉ、今のお声は……こちらのキノコ様でございますか?」
何となく、敬ってるような敬ってないような、そんな丁寧な言葉でキノコに問い掛けてみる。
「その通りだ……。
しかし楽にするが良い……。我はお前を待っていたのだ……」
「え? そうなんですか?」
そういえば私って、今は神器の素材を調べているんだもんね。
もしかして、この『調和の番人』というのがそのヒントに――
「……我はキノコ。
我が存在、お前の心に刻み付けてやろう……」
「え? 嫌ですよ、刻み付けないでください」
「えっ」
「え?」
いや、だって。
何でキノコの存在を、心に刻み付けなきゃいけないの?
「え? いや、その……むしろ刻み付けないで良いの?」
「え?」
「え?」
話していて、何だかラチが開かない。
「あ、あーっと……。
それじゃ、こっちにでも刻み付けておいてください」
そう言いながら、私は大ネズミにもらった『透色の瞳』……という名前の、ガラス玉を差し出した。
「……ふむ。
まぁ、良いか……」
キノコは何となく釈然としない雰囲気を出したあと、1回光ってから、そのまま喋らなくなってしまった。
「あ、あれ……?
……おーい、大丈夫ですかー?」
その後、何回話し掛けても反応が返ってくることは無かった。
もしかして、キノコの存在が本当にこのガラス玉に刻まれたのだろうか――
「……っていうか、危うく私の心に刻まれるところだったのか……」
おお、怖い怖い。
とりあえずキノコも反応しなくなったし、青虫ももういないし……そろそろこの場から離れることにしよう。
しかし一体、ここでの出来事は何だったんだろう……。