コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
森をしばらく歩いていると、少し開けた場所に出た。
原っぱと言うほどの広さでもないが、太陽の光を遮るものも無い……そんな感じの場所。
「んー……。
気持ちの良さそうな場所ではあるけど……」
まだ休憩したいということもないし、そもそもここはよく分からない世界だ。
こんな世界にはずっといたいわけもないから、出来るだけ早く、帰る手掛かりを見つけたい。
「にゃー」
「ん?」
突然聞こえた鳴き声の方を見てみると、地面から3メートルほど上の樹の枝に、綺麗な黒猫が座っていた。
何気なく手を振ってみると、少し眠そうな雰囲気を出しながらも、こちらに興味を示してくれる。
「黒猫ちゃん。
この辺りにどこか、行くところはあるかな?」
言葉が通じるかは分からなかったけど、とりあえず話し掛けてみる。
すると――
「にゃーん」
……あれ、通じてない?
しかしこの世界にあって、この普通の存在感。
ついつい、心が安らいでしまうのも無理はないだろう。
「よーし、こっちにおいでー♪ もふもふしちゃうぞー♪」
私は両手を広げて、こちらに来るように促した。
黒猫は枝の上で立ち上がって、そこから飛び降りようとする。
そして次の瞬間――
「しっかり受け止めるのだぞ」
「え」
突然言葉を発した黒猫に戸惑い、私はとっさに手を引っ込めてしまう。
上から降ってくる黒猫は、そのまま見事に地面へ飛び込んでいった。
ドスンッ!!
そしてそのまま、黒猫は猫らしからぬ着地失敗を、私に迫力満点で見せてくれた。
「――何故受け止めてくれんのだ……!」
のそりと起き上がり、恨めしそうにこちらを見る黒猫。
「あああ、ごめんなさい。突然、喋り出すものだから」
「喋るくらい、この世界では珍しくも無いだろう……」
「そうなんですけど、逆に喋らない方が可愛いかなって」
「にゃーん」
「案外、ノリが良いですね」
「うむ。このフレキシブルさがウリゆえに」
「はぁ……。
それにしてもその喋り方、あまり似合っていませんよ。
さっき会ったキノコもそんな感じでしたし」
「中の人などいないぞ」
「え? はぁ……。
ところでここら辺に、何かありそうなところってありますか?」
「うん? どこに行きたいのかね?」
「んー……。
どこってことは無いんですけど……」
「それなら、どこにでも行けば良かろう」
「いやいや、何かがある場所には行きたいんですよ」
「ふむ……。
それならば、あっちに行くと『帽子屋』が住んでいる。そっちに行くと『白ウサギ』が住んでいる。
好きな方に行くと良いぞ。どちらも、気がおかしいから」
「えーっ!?
白ウサギは知っているんですけど、まだおかしいのがいるんですか!?」
二択というのであれば、どちらが良いのだろう。
白ウサギは話が通じないし、ここは新キャラである帽子屋の方が……?
「さぁ、どちらかを選ぶが良い……。
そこでお主は、新たなる番人を得るだろう……」
新たなる番人――
……そういえばあのキノコは、『調和の番人』と名乗っていたっけ?
もしかして、この世界では番人を集めると良いことでもあるのかな?
でもあのとき、私の心に『キノコの存在』を刻まれそうになったんだよね。
何だかもう、それだけであんまり良い感情が無いんだけど。
「なんだかどっちも嫌なので、他を探してみます。
ありがとうございました」
考えるのが面倒になったのと、あまりにも黒猫がじーっと見つめてくるので、とりあえずその場を離れることにした。
すると――
「にゃんと!?」
黒猫が、可愛いんだかよく分からない、微妙な言葉を発してきた。
……鳴き声にするか、もしくはちゃんと喋ってください。
「だって、どっちも嫌なんですもん。
選択肢に不満あり、ですよ」
「……ふむ、さもありなん。
目の前の選択肢に囚われることなく、自身の道を探求するその姿……見事なり!」
「いやいや、そんな大したものではないのですが……」
「だが気に入った。
我もお主と共に行くとしよう……」
そう言うと、黒猫は突然光り始めた。
これは、キノコのときと同じ――
私はとっさに、大ネズミからもらった『透色の瞳』を黒猫に向けてかざした。
すると黒猫の輝きはすべて、『透色の瞳』に吸い込まれていく。
「――我は『自由意志の番人』。
お主の望む未来を、共に目指そうではないか」
その言葉を最後に、黒猫は消えていってしまった。
危ない危ない。もう少しで私の心に黒猫が刻まれるところだった。
何でみんな、心に刻まれたがるのかな。
……さて。それはそれとして、これからどこに行くべきだろう。
右に行くと帽子屋の家、左に行くと白ウサギの家……というのであれば、このまま真っすぐ進むことにしよう。
そう決めて歩き出すと、10分もしないうちに、私の前には扉のついた大きな樹が姿を現わした。
「……これはまた、何ともシュールな」
特に驚くこともなくドアノブを回してみると、鍵は掛かっていないようで、そのまま開けることができた。
そして樹の中……扉の向こう側には、暗闇が広がっていた。
「これは、誰かの家なのかな……?」
誰の気配もしない。
遠慮なく中に入って行こうと、一歩を踏み出した瞬間――
……床自体が無いことに気付いた。
「前にもこんなことがあったような――」
悠長な言葉と共に、落下を始める私の身体。
これはお約束的なものだし、遊園地にいるつもりで楽しむことにしよう。
……ずっと暗いから、あんまり楽しくは無いんだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次に気が付いたとき、そこは最初の部屋だった。
とても綺麗で、いくつもの扉がある部屋。
中央のガラスのテーブルには何も置かれておらず、扉は1つだけが開いた状態になっている。
「……戻ってきたみたい」
えぇっと……。
今開いている扉の部屋に行くと、大ネズミに会った綺麗な下水道に落ちちゃうんだよね。
でも、そもそも本命である小さい扉は見つからないし――
「……詰まったかも?」
もしかして、帽子屋の家や白ウサギの家に行っていれば、違う道が開けたのだろうか。
しかし今となってはどうしようもないし、後悔しても仕方がない。
それに、その場所に行かなかったからこそ、私は『自由意志の番人』を手に入れたのだ。
……役に立つかは知らないけど。
ならば私は、その自由意志のもとに行動を起こそう。
すべてを世界に従う必要は無い。
自分の道は、自分で切り開いていけるのだから――
スバアアアアンッ!!
――そんなわけで、てっとり早く、残りの扉をすべてアクア・ブラストで吹き飛ばしてみた。
我ながら力技である。
すべての扉を吹き飛ばすと、1つだけが外に繋がっているようだった。
他の扉は1つ目の扉と同じように、深い闇へと繋がっている。
そして部屋の中から、扉越しに外を見てみれば、そこには美しい庭が広がっていた。
まるで王族の大庭園のような、そんなイメージ。
私のお屋敷の庭も、庶民感覚からしたら大したものだけど、それとは圧倒的に格が違った。
「凄く綺麗……!
……あれ? 遠くに誰かがいるみたい……」
庭の遠くの|生垣《いけがき》に、何やら動く影を3つほど見つけた。
人間くらいの大きさで、そのシルエットは四角くて、そして――
「……何だかちょっと、見覚えのある感じ」
そう呟きながら、私はいつの間にか部屋を出ていた。
思わず、といった感じで、自然に足が動いていく。
何で、この世界に?
何で、この場所に?
どうしてここにいるのかは分からない。分からないんだけど――
「あれって、ガルルンじゃない……?」
3人? 3体? ……の、ガルルンの影。
『不思議の国のアリス』だったら、ここはトランプ兵が出てくるところだよね……?
「何でガルルンやねーん!!」
私は笑うのを必死でこらえながら、小さな声でツッコミを入れながら、彼らのところまで走っていった。