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「本当はこのままアタシの部屋に連れ込みたいけど、そんなことしたらさっきのジジイと同じになっちゃうから、コレで我慢してあげる」
え? と穂乃果が顔を上げた瞬間。
視界いっぱいに端正な顔立ちが迫ったかと思うと、おでこにフ、と柔らかくて温かい感触が押し当てられた。
静かな廊下に、かすかなリップ音が小さく響く。
「じゃぁ、お休み。穂乃果……。検査が無事に終わったら全て話すから」
ナオミは悪戯っぽくウインクをしてみせると、パジャマのポケットに手を突っ込み、何食わぬ顔で悠然と特別室の方へと戻っていった。
ステーション前に一人取り残された穂乃果は、おでこを押さえたまま、しばらく石のように硬直していた。
(……え。ええええええっ!?)
数秒遅れて、一気に顔面が沸騰したように熱くなる。心臓が爆発しそうなほどの勢いでドクドクと鐘を打ち鳴らし始めた。
誰かに見られていなかっただろうか。慌てて周囲を見回すが、深夜のステーション付近には幸いにも人影はない。
しかし、一度火がついたパニックは、静かになったナースステーションの椅子に座っても、一向に収まる気配がなかった。
むしろ、静寂が訪れたことで、さっきまで加藤の個室で起きていた『異常事態』の記憶が、鮮明なフラッシュバックとなって脳内に押し寄せてくる。
『俺の可愛い穂乃果をキズモノにしようとしたのは』
『俺、穂乃果にしか反応しないし』
『人の女に手を出すとはいい度胸ね?』
(……無理っ。こんなの、心臓が持たないよ)
ト書きにするなら、まさに「アワアワ」という音がぴったりなほど、穂乃果はパソコンの画面を見つめたまま、完全にフリーズしていた。
いつもの、BLACK CATの妖艶で美しいお姉さんのナオミ。
でも、さっき里奈や加藤を文字通り視線一つで捻じ伏せていたのは、間違いなく、低くてドスの利いた声で喋る、圧倒的なオトコの質量を持った『織田健司』だった。
(大事な人、って……俺の女、って……。ナオミさん、もしかして、私のこと……っ!? そんな……まさかっ!)
思い出すだけで、首筋を舐められた恐怖なんてどこかへ消し飛んでしまうほど、胸の奥が熱くて苦しくて堪らなくなる。
おでこに残る、あの微かな体温が、今もじわじわと全身に溶け出していくようだった。
里奈の自爆によって、あれほど重苦しかった夜勤の空気は一変した。
けれど、穂乃果にとっては、別の意味で「一睡もできない、あまりにも長くて刺激的な夜」の幕開けとなってしまったのだった。
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#NL
瀬名 紫陽花
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