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#NL
瀬名 紫陽花
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日勤帯への申し送りを終え、穂乃果がステーションの自分のデスクに戻った頃には、すでに不穏な空気が満ちていた。
あれほど勝ち誇った顔で動画を撮ろうと息巻いていた里奈が、文字通り魂が抜けたように意気消沈し、誰とも目を合わせずに逃げるように荷物をまとめて帰っていく。穂乃果はただ黙って、その惨めな後ろ姿を見つめていた。
(……自業自得、だよね)
可哀想だという気持ちが、一瞬だけ胸をよぎらなかったわけではない。けれど、彼女がやろうとしたことは、穂乃果のナースとしてのキャリアだけでなく、一人の女性としての尊厳をも徹底的に踏みにじる行為だったのだ。
もう、流されて同情するのはやめようと、穂乃果は心の中で強く決別を誓った。
それから、夜勤明けの重い身体のまま、一度帰宅して着替えることも忘れ、穂乃果はただ真っ直ぐに師長室へと向かった。
深夜に起きた加藤のセクハラ未遂、そして里奈の悪質な怠慢と教唆――。加えて直樹による迷惑な発言の数々も全てを包み隠さず報告すると、普段は穏やかな師長の顔が、かつてないほど怒りで引きつるのを目の当たりにした。
「大変だったわね。安住さん……あ後の事は任せて、今日はゆっくり休んで頂戴。あと、悪質な噂の件も何とかするから大丈夫よ」
そっと背中を擦って寄り添ってくれた師長の優しさに何処か心のつかえがとれたような気がして肩の力が抜けた。
帰る前に一度、ナオミの元へ寄ろうかとも考えたが、まだ噂を信じている同僚ナース達に何を言われるかわからないので、諦めて家に帰る事にする。
どのみち、検査で異常が無ければ明日には戻って来れるはずだ。
(家で待ってます) それだけメッセージアプリを利用して送ると、穂乃果は仕方なく帰路に就いた。
翌朝。メッセージを送ったものの、やっぱりどうしても心配で、何か自分に手伝えることがあるかもしれないと、穂乃果は迷った末に、ナオミさんを病院まで迎えに行くことにした。
いや、ただ単に一分一秒でも早く彼女の顔が見たかったのだ。深い理由なんてない。ただ、それだけ――。
ドキドキしながら病院の正面ロータリーで待っていると、自動ドアがスライドして、仕立ての良いシックな私服に身を包んだ、モデルのようにスタイルの良い男性が歩いてくるのが見えた。
「あ、来た。ナオミさ――……っ!?」
けれど、その隣を並んで歩いている人物を見て穂乃果は思わず息を呑んだ。
(な、なんでお父さんとナオミさんが一緒に出てくるの!?)
一緒に歩いているのは紛れもなく、この病院の絶対的権力者であり、厳格で不正を一切許さないことで有名な、穂乃果の父――佐藤音治だ。
見間違いかと思って目を擦ってみたが、何度確認してもそれは自分の父とナオミの二人。
何やら親しげに笑い合いながら歩いてくるその姿は、ただの医師と患者と言う関係にはとても見えない。
「いやぁ、織田くん。今回は急な検査入院で驚いたが、何事もなくて本当に良かったよ」
「こちらこそ、佐藤先生直々に気にかけていただいて恐縮です。お陰様で、すっかりリフレッシュできました」
低い、けれどどこまでも育ちの良いエリート青年の声音。
(本当に……パパと対等に話してる。やっぱり、昨日の夜の言葉は本当だったんだ……)
あまりの住む世界が違うハイスペックさになんだか気後れしてしまい、話しかけづらいなと穂乃果が声をかけるのを躊躇っていると、ふと視線を向けた健司が穂乃果に気づいた。
その端正な顔が「あ、ヤバッ」という風に一瞬で硬直する。何処となく、ものすごく気まずそうな焦り顔をしている。
もしかして、迷惑だったのだろうか? 他に迎えに来るような人がいるとか?
そんな不安に駆られ、辺りを見回してみるものの、近くにいるのは診察に来たお年寄りとその家族ばかり。