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「どうしたの? 蓮ちゃん、ご機嫌ね」
翌日、秘書室に行った途端、葉子が言ってきた。
「え、なにもご機嫌じゃないですよ」
本当にそんなつもりはなかったのだが、葉子は、にんまり笑ってこちらを見、脇田は少し渋い顔をしていた。
渚が来て、全員が挨拶する。
「おはよう」
と言った渚が社長室に入ろうとしたのを脇田が呼び止めた。
「社長、今週の日曜ですが」
「日曜は空いてたはずだろ。
なにも入れるな。
余程の急ぎの用件以外は」
と言われ、脇田は、
「……はい」
と黙る。
いやあの、デートは別に来週でもいいんですけどね、と思った蓮は、渚が消えたあとで、脇田に訊いた。
「あの、日曜、社長、お仕事があるんですか?」
「ああいや、別に今週じゃなくてもいいんだけど」
と言いかけて、淡々とした口調で、
「ああ、秋津さんの方の用事は別に急ぎじゃないの?」
と訊いてくる。
葉子がパソコン越しに脇田を睨んだ。
「急ぎのデートなんてあるはずないじゃないですか。
蓮ちゃんを脅迫するような言い方、やめてください」
日曜くらい、二人で、ゆっくりさせてあげたらどうですか、と何故か、葉子が脇田を責める。
い、いや、本当にいいんですが、と思ったのだが、脇田は溜息をつき、
「わかったよ」
と手帳を閉じた。
いやあの……本当にいいんですよ~っ、と思ったのだが、葉子がこちらを見て、言ってやったわよっ、という顔で笑ってきたので、なにも言えなかった。
「脇田さん」
と廊下に出た脇田を追った蓮は、彼を呼び止めた。
「あの、本当に、日曜日、大丈夫ですよ。
私の方は別に」
と言うと、脇田は、いつものように穏やかに笑い、
「いや、いいよ。
確かに渚に休みは必要だ。
それに……あいつ、たぶん、自分から誘って、デートとか初めてだから」
と言ってくる。
「えっ。
あの顔でですか」
「顔、関係ないでしょ」
と脇田は笑う。
「強引な奴だし、訳わかんないこと言い出したりもするけど。
温かい目で見守って、やさしくしてやってね」
「はい。
ああでも、私も初デートなので。
見守るもなにも、デートってよくわかんないんですけど」
と言うと、えっ? と言われる。
「秋津さん、今まで誰ともデートしたことないの?」
蓮は、あー、と渋い顔をし、
「まあ……私はデートだと思って出かけたことはありません」
と言った。
「はは……そう」
と脇田は微妙な笑顔を浮かべる。
「まあいいや。
渚をよろしくね」
と行こうとした脇田の手首を蓮はつかんだ。
脇田が足を止め、振り返る。
「あの、手、大丈夫ですか?
あれからなんともなさそうにしてるけど、私の傷もまだ治ってないくらいだから、脇田さんはまだ痛いんじゃないかと思って」
「……大丈夫だよ」
と言い、手のひらを少しだけ広げて見せる。
小さな絆創膏が貼ってあった。
「なにか出来ることがあったら、言ってくださいね」
「ありがとう」
と言い、脇田は行ってしまう。
ほんとによく出来た人だな、と思って見送った。
痛くないはずはないと思うんだが――。
「強引な奴だし、訳わかんないこと言い出したりもするけど。
温かい目で見守って、やさしくしてやってね」
そう蓮に言いながら、脇田は、よし、ちゃんと言えたぞ。
秋津さんのために、と思っていた。
渚の友人として、取るべき行動は一応、わかっていた。
頭の半分では、なにいい格好してんだ、とおのれを罵る声が聞こえていたが。
「はい。
ああでも、私も初デートなので。
見守るもなにも、デートってよくわかんないんですけど」
と蓮に言われ、ええっ? と思う。
「秋津さん、今まで誰ともデートしたことないの?」
蓮は、あー、と渋い顔をし、
「まあ……私はデートだと思って出かけたことはありません」
と言った。
……なんだそりゃ。
自分はデートだと思ってないデートはあるってことか。
まあ、そりゃそうか、と蓮をちらと見て思う。
今まで男が放っておいたはずないもんな。
「まあいいや。
渚をよろしくね」
と行こうとした脇田の手首を誰かがつかんだ。
細い指先。
振り返ると、やはり、蓮だった。
平然とした顔で振り返ったように見えたかもしれないが、そんなことはなかった。
離して、離して、秋津さーんっ、と心の中で絶叫しながら、普通に会話を続ける。
我ながら、滑稽だ……と思っていた。
『起きろっ、蓮。
デートだぞっ』
日曜の朝、渚が電話をかけてきた。
外に出たら、鬼コーチが竹刀を持って立っているとしか思えない勢いだ。
その迫力に、デートってなんだっけな?
なにか体育会系なものだったろうか、と思ってしまう。
眠い目を擦り、下に下りると、玄関脇の駐車スペースに渚は居た。
赤い電気自動車が止まっている。
未来的なフォルムだな、とその車を見て思う。
勝手に、馬鹿でかい小回りの利かなさそうな車に乗っているんだと思っていた。
よく聞いてみたら、そんな車もあるらしいのだが、
「蓮様はこういうのがお好きだと思います」
と言う徳田の進言により、今日の車が決まったようだった。
「私、これ、乗ってみたかったんです」
と言うと、
「じゃあ、やる」
と言ってくる。
……はい?
「今日の記念にやろう」
「いや、待ってください。
私にこれくれたら、貴方はどうやって帰るんですか」
「電車?
タクシーか?」
と首を捻ったあとで、
「いや、お前が送ってくれればいいんだろうが」
と言ってくる。
まあ、そりゃそうなのだが。
渚さんの家に行くだなんて、結婚の挨拶に行くみたいで、なんかやだな、と思ってしまう。
「いえあの、車はいりません。
それに、このマンション、電動自動車、充電するとこないんで」
「じゃあ、充電設備を此処につけさせよう。
いや、いいのか。
お前、俺と結婚したら、此処出るだろうしな」
勝手に決めないでください……と思っていると、渚がドアを開けてくれる。
待たせても悪いので、
「あ、ありがとうございます」
と乗り込んだ。
車を一度出そうとして、渚は止める。
「おお、そうだ」
と言い後部座席からなにかを出してきたと思ったら、ネックレスでも入っていそうな箱だった。
だが、中から出てきたのは、ティアラだった。
「……何故、ティアラ」
と呟くと、
「いや、お姫様ったら、ティアラだろ」
と言ってくる。
どんな短絡志向ですか。
これをつけて、ドレスでも着て、この車に乗ってろとでも言うのだろうか。
「まあ、ティアラつけて歩いてる人も居ますけどね」
今着ている普通のワンピースには合わないような、と思っていると、
「じゃあ、やるから、持っとけ」
と言ってくる。
「やるからってこれ……」
なんだか箱に見覚えがあった。
知っている店のものだ。
これ、スワロフスキーじゃない。
……ダイヤ?
「……これ、レンタルですよね?」
と蓮は確認する。
「買ったんだ」
幻聴だろうか? と思い、再度、確認する。
「レンタルですよね?」
「買ったんだ」
「なに考えてんですかーっ」
蓮は叫んだ。
「この車、何台か、軽く買えますよねーっ?」
「なんだ。
気に入らなかったのか。
じゃあ、店に行って替えてもらおうか」
「そうじゃなくてですねーっ。
どうすんですか、これっ」
「式で使えばいいだろう」
「いやあの、式はレンタルでいいんじゃ……」
「うちの爺さん、レンタルとか嫌いなんだ」
そんなにジイさんの意見が聞きたきゃ、そのジイさんと結婚しろっ。
じゃなくてっ。
結婚するとか言ってないしっ。
だが、結婚はもう渚の中では決定らしく、そこには触れずに、ティアラのことだけを尋ねてくる。
「どうする?
替えるか?」
「いえ……いいです」
と蓮はもう諦めて、その小さなティアラを朝の日差しに翳してみた。
キラキラ光って綺麗だ。
スワロフスキーの方が式場ではゴージャスに見えるとかいう話もあるが、やはり、本物の輝きは別格だな、と思っていた。