ドキドキと胸が高鳴る。
でも、仕事をしないといけない。
「翔也先生、そろそろ打ち合わせをしませんか」
のぼせた頭を冷やすように仕事モードに切り替えようと声を掛けたが、慣れない呼び方に意識が朝倉先生に向いてしまう。
「打合せしましょう、夏希さん」
蕩けような笑顔で返事をするから、その笑顔の破壊力に頭が爆発しそう。
どうしよう。これって、私、どうよ!?
もれてない?
朝倉先生を好きだって、駄々もれていない?
自惚れていいの? 期待して良いの?
仕事の関係がおかしくなったりしない??
平静を装っているが、実のところ、心が駄々洩れていそうな気がして焦りまくっている。
「少しいい子にしていてね」
朝倉先生は、美優に声をかけながらベビーサークルに下ろすと、仕事を始めるために机へ向かった。
ふたり並んでPCを見つめ、イラストを確認しながら色合い、小物などを話し合い決めていく。
肩が触れ合う距離に緊張する。
「仕事に集中!」と自分に言い聞かせてみても、隣にいる朝倉先生の息遣いやオーデトワレのウッディな香りが、私をおかしくさせる。
本当に恋心とは、やっかいな物だ。
もしも、ただの勘違いだったら、好きが駄々もれているのは、絶対にマズイのに自分で自分を制御できない。
慣れない出来事に緊張しているのか、マウスを上手くポイントに合わせられない。
悪戦苦闘していると朝倉先生の手が私の手の上に重なった。
私の手を包み込む朝倉先生の手から熱が伝わる。
「あ、朝倉先生」
「夏希さん、名前で呼んでくれるよね」
「……翔也……先生、あの手が……」
「手が?」
と言って、手を重ねたまま聞き返す。
朝倉先生は、いじわるだ。
決して、朝倉先生の手を払い除けたりしない事を分かっていて、聞き返すなんて……。
「手が……重なっています」
「離したくないんだ」
重なる手は熱く、声は甘く耳へ届き、心臓の鼓動はいっそう早くなる。
視線を上げると朝倉先生の優しい瞳が私を捕らえる。
その顔がだんだんと近づき、唇が重なった。
唇にも熱を感じる。
嘘みたい、朝倉先生とキスをしている。
啄むようなキスを重ね、心臓の鼓動がドキドキする音を立て、息遣いが聞こえる。
チュッと音を立てて唇が離れた。それでもふたりの距離は近いまま、視線が絡む。私の頬に大きな手を添えられた。
そして、おでことおでこをコツンと合わせ、囁くような甘やかな声が耳に届く。
「夏希さんと美優ちゃんの事、大切に思っている」
そんな事を言われて、ギュッと心臓が締め付けられる。
いつもいつも迷惑ばかりかけて、朝倉先生に助けてもらって、ボロボロのこんな私を大切に思っているなんて夢物語のようだ。
「朝倉先生の事、好きです」
仕事相手として、口にしてはいけないと思っていた言葉を口にすると涙がこぼれた。
朝倉先生の唇が寄せられ、優しく涙を拭い取り、再び唇へ重なる。
甘い口づけに酔いしれていると、一人遊びに飽きた美優が騒ぎ出した。ふたりで顔を見合わせて、クスリと笑みが漏れる。
「ごめん、ごめん」と美優に声を掛け、ベビーサークルの前に移動する。
朝倉先生は美優を抱き合あげ、視線を落とし呟いた。
「美優ちゃんは、私たちの天使だよ」
幸せの時間を噛みしめる。
特別な言葉を交わさなくても優しい空気に包まれていた。
朝倉先生が真剣な瞳を私に向き言葉を紡ぐ。
「夏希さん、結婚を前提として、付き合ってください」
朝倉先生の誠実さに、心が震えた。
「私で、いいんですか?」
「いつも一生懸命な夏希さんが好きなんだ」
とんでもない出会いで出産に付き添ってくれた事、リテイクを出されてプロの仕事を考えさせられた事、何度もピンチを救ってくれた事を思い出す。
朝倉先生は、いつだって私の憧れのヒーローだった。
自分には、手の届かない人だと思って、膨れ上がる気持ちが苦しかった。
諦めるように自分に何度も言い聞かせた。
それが、まさか、こんな事になるなんて……。
一生分のラッキーを使い果たしてしまったのだろうか?
と、心配になるぐらいに幸せだった。