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『え? まぁ……』
けい子さんに言われた時の拓海くんはあからさまに嫌そうだったけど、それはさすがに言えない。
『へぇ。なら、ケイコには頭があがらなかったんだな』
苦笑めいたものをもの残して、レイは台所を去っていく。
(……なんで知ってるの)
あの場にいなかったくせに、状況を掴んでいるような気がするのが怖い。
けどレイがそんなことを言うくらいだから、拓海くんが彼に冷たい気がするのは気のせいじゃないみたいだ。
拓海くんはいつもゲストに親切だし、レイも私以外のみんなには優しいから、揉めたとは考えにくいのに、それが不思議だった。
それからあっという間に日が過ぎ、約束の土曜日。
拓海くんは友達と、レイは時間までどこかに出かけていて、私はふたりと会場近くのコンビニ前で待ち合わせをしていた。
真夏の午後7時はまだ薄明るい。
私はコンビニのガラスに映る自分を見やった。
けい子さんは、毎年花火大会に浴衣を着せてくれる。
今年も浴衣を着せて送り出してくれたけど、レイに見られると思うと少しだけ落ち着かない。
そわそわしつつ通り過ぎる人波を眺めていると、見知った顔が通りかかった。
「あ」と思ったと同時に、その中のひとりが私に気付く。
「あれ、澪じゃん!
澪も今から花火ー?」
近付いてきたのは、同じクラスのタカちゃんとミサちゃんだった。
「うん、そう!
ここうちの地元なの。まさか会うと思わなかったよー」
「えー、そうなんだ! 浴衣似合ってるじゃんー。
……って、そうだ澪!!
会ったら言おうと思ってたんだけど、なんであの人と付き合ってること黙ってたのー!」
「えっ?
なに、付き合ってるってなんのこと……」
「なんのこと?じゃないよっ
前に英語の授業に来たイケメンの外国人!
澪、あの人と付き合ってるんでしょー!?」
「えっ……」
突然詰め寄ってきたタカちゃんの横で、ミサちゃんも「そうそれ!」と興奮した様子で言った。
「うちのクラブの後輩が話してたんだけどさ、あの日の放課後、中庭で澪たち会ってたんでしょー?
逢引きするなんて、澪やるー!」
「ちょ、ちょっと待って!
なにそれ、どういうこと……!」
私は慌てて大きく手を振った。
まさかあの時の1年生たちは、ミサちゃんの後輩だったの!?
「違うの、それ誤解だから!!」
「誤解?
キスしてたって聞いたし、一年の間じゃすごい噂らしーよ!」
「だから、それは……!」
その時、『ミオ』と声がした。
顔をあげれば、視界の端にレイが映る。
思わず息を詰めたのと、レイがタカちゃんたちを見て笑顔を向けたのは同時だった。
『友達?』
レイに聞かれても、咄嗟には声がでない。
そんな私のとなりで、タカちゃんたちが「キャー!」と声にならない声をあげた。
『ミオ?』
『イエスイエス!
私たちミオの友達です!!』
タカちゃんたちがかわりに返事をし、レイは『そっか』と微笑んだ。
(……もう、レイ……! 来るタイミングが悪いよ……!)
心の中で文句を言うけど、彼がやってきたのは待ち合わせ時間ぴったりだ。
「ちょっと澪っ!
やっぱそうじゃんーっ!
レイさんと花火行くんだね、やるー!」
タカちゃんに肩を揺さぶられながら、私は「違うの!」となんとか声を絞り出した。
「本当に違うの、噂は誤解だって……!
今日だってふたりじゃないよ、もうひとりくるし!」
「そんな、またまたぁー」
まったく信じてないふたりに、私は「違うって!」と声を荒げた。
噂とこの状況が重なったら誤解されるのも無理はないけど、本当にレイと付き合っていない。
逢引きやキスのことだけでも訂正したくて、私は必死だった。
そのあまりに前のめりになってしまい、下駄の重心がずれた。
(―――わっ)
「まずい」と思った瞬間、真横で声がした。
『ミオ、大丈夫?』
腕を取られ、引き上げられた私の前に碧い目が迫る。
『慌てないで。
かわいい恰好してるのに、危ないよ』
かっと顔が熱くなった。
言われて浴衣だったと思い出したけど、今はそれどころじゃない。
なんとか体を元に戻せば、向かいのふたりは私たちを見て最高潮に盛り上がっている。
さらにはいつの間にか人が集まっていて、レイと私に視線が集中していた。
『レイ、あの、私もう大丈夫だから……!』
腕を掴んだままのレイに言い、私は彼から離れるように2歩後ろに下がった。
人だかりからどよめきがあがり、タカちゃんたちがうしろを振り向く。
そこで初めて、ふたりは人が集まっていることに気付いたようだった。
「わっ、ごめーん!
私たちお邪魔だったよね、もう行くね!」
タカちゃんが慌ててミサちゃんの腕を引く。
「えっ! ちょっと、そうじゃなくって」
「澪ー!
夏休み明けたら、とことん話聞かせてよねー!」
そんな言葉を置いて、歩き出したふたりはすぐに人波に消えていく。
「あぁ、ちょっと……!」
『今の……なんだったの?』
ふたりの背中を見ていたレイが、私へ視線を移す。
『……なんだったのじゃないよ!
レイのせいで誤解されちゃったじゃん……!』
『誤解?』
当然のように聞き返されたけど、返事はできなかった。
噂になったのは私の行動にも責任があるし、誤解を確信にかえさせてしまったのは、ただタイミングが悪かっただけで、レイのせいでもない。