『それは……』
言い淀んでいると、「澪!」と声がした。
顔をあげれば、拓海くんが人だかりをよけて近付いてくる。
「悪い、遅くなって!
ってかなに……? なんかあったの?」
「う、ううん、なんでもないよ!」
拓海くんが来たことで集まっていた人が散り、私は少しほっとした。
「ほんとかよ」
「ほんとだよ!」
そう言ったのに拓海くんは訝しんでいるようで、となりにいるレイを睨んだ。
『なぁあんた、澪になにかしたの?』
『いや、なにも。
けど、さっきまでミオの友達がここにいたよ』
「……そうなの?」
確認され、私は「そうなの!」とすぐに頷いた。
「ほんとそれだけなの!
も、もう行こう?」
その友達と話していた内容を聞かれたらまずい。
私は腑に落ちない様子の拓海くんを、急いで促した。
花火会場に続く河川敷は、人で溢れていた。
川の両岸にずらりと夜店が並び、ざわめきと熱気がすごい。
花火が見える場所まで、私たち3人は夜店を眺めながら歩いていた。
「なぁ澪、なにか食べてきた?」
「うん、少しは食べてきたよ! 拓海くんは?」
「俺はさっきまでファミレスにいたからな、腹はいっぱい」
私はお腹をさする拓海くんを見て笑った。
「そっかー。
そういや石倉くんって、拓海くんの高校の時の友達だったよね?」
「そー、そいつそいつ!
うちにも遊びに来たことあるよな?」
「あるある!
一緒にゲームしたの覚えてるよー」
話をしつつも、私はちらりと後ろを振り返る。
レイがちゃんとついて来ていると確認した時、ある夜店に長蛇の列を見つけた。
なんの店だろうとふいに立ち止まった時、「野田!」とどこかから大きな声がした。
「おい野田じゃんー! お前大阪から帰ってたんだ!」
「……おお、平井と白峰じゃん!
そうなんだよ、先週こっち戻ってきてさ」
「まじ? それでいつまでいんの?」
「えっとなぁー」
言いながら楽しそうに友達のほうへ近付いた拓海くんは、数歩歩いたところで慌てて私を見た。
「あっ、いいよ。話してきて!
私レイと夜店見てるし!」
「……そうか? あいつら中学の部活の友達で……。
悪いんだけど、ちょっとだけ話してきていい?」
「もちろん! そのへんにいるね」
「悪いな、すぐ戻るから。
見つからなかったら電話する!」
拓海くんが友達の元に向かうと、私は後ろにいるレイを見上げた。
『拓海くん、友達とちょっと話してるって。
レイはなにか気になるお店あった?』
レイはぐるりとあたりを見渡し、『あれかな』と指差した。
『あぁ。焼きそば?
食べる? お腹すいてるの?』
レイは昼過ぎに家を出て行ったけど、夕食が済んでいるのか知らない。
『腹が減ってるわけじゃないけど、なんか日本っぽいなと思って』
『なにそれ。
ってか食べるなら買っておいでよ。
私はあっち買ってくるね』
斜め向かいのベビーカステラのお店を指差せば、レイは頷いて焼きそばの店へ向かった。
それから一番小さいサイズのベビーカステラを買い、レイのほうを見やる。
その時、はっとした。
レイの周りにだれかいて、なにか話をしている。
それがクラスメイト……。
英語の授業でレイに彼女がいるか聞いたふたり、三木さんと峰岸さんだとわかった瞬間、私は反射的に背を向けた。
(ま、まずい……!)
こんなところでレイと一緒だなんて知れたら、ふたりにどう思われるかわかったもんじゃない。
私は急いでここを離れようと、夜店の裏を抜けた。
(……もう、なんで今年に限って……!)
毎年杏と来てたけど、今まで一度も同じ学校の人に会ったことなかったのに。
なんでこうなるのと思いつつ、土手の上なら夜店を見下ろせると気付き、私はとにかく急いだ。
三木さんたちがいなくなれば、レイのところに戻ろう。
そう決めて土手をあがるものの、下駄じゃかなりきつい。
親指に力を込めたせいで、鼻緒がすれて、指の間が痛くなってしまった。
やっとのことで土手をあがり、ひりひりする足を気にしつつ下を見下ろす。
その時、誘導灯を持った警備員が近付いてきた。
「そこの人!
危ないので立ち止まらないでくださーい!
ゆっくり前に進んでくださーい!」
(えっ)
人波に押された私は、誘導員に言われるまま歩き出すはめになった。
(えっ、どうしよう……!)
振り返ろうにも、これじゃ立ち止まっていられない。
私は慌てて巾着からスマホを取り出した。
画面には不在着信の文字が浮かんでいる。
拓海くんからの電話をかけ直すも、かなり待っても繋がらない。
さらには充電が残り2%だとわかり、私の焦りはピークに達した。
少し奥まった場所でなんとか立ち止まり、もう一度スマホ画面に目を落とした時、拓海くんから電話がかかってきた。
「も、もしもし! 拓海くん!?」
「悪い澪、はぐれた! 今どこ?」
「ごめん、今土手の上なんだけど、流されて会場のほうへ歩いてきちゃったの。
あとごめん……!
私スマホ、充電なくて、途中で切れちゃいそう」
「えっ! まじか、それで今どのへん―――」
「えっとね」
目印はないかと顔を上げた瞬間、「ピー」という機械音が耳を突き抜ける。
「えっ」
驚いて画面を見れば、電源が落ちて液晶が暗くなるところだった。
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