『もういいんです。記憶をなくしたマナは、新しい人生をスタートして世良さんに出逢い、結婚するまでに至ったんです。過去に何があったのではなく、今マナが幸せでいるのかが重要なんです。だから、今はマナの幸せを心から願っています』
『本当にそれでいいんだね?』
『はい』
『それなら、私は遠慮なくマナちゃんと結婚させてもらうよ』
『そうして下さい』
『しかし万が一、マナちゃんの記憶が蘇り、君を求めるようなことがあれば、マナちゃんは明石くん、君に任せようと思ってる』
『やめて下さい!』
『いや――これだけは互いに守って行くべきだ。私たちのためではない。全てはマナちゃんの幸せを願ってのことだ。だから私は、君に遠慮することなく結婚する。だから君も、その時が来るようなことがあったら私に遠慮することなくマナちゃんを受け入れてあげてくれ。いいかい?』
『―――――』
『わかったね?』
しばらくの間、沈黙が続いた。世良さんは俺が『はい』と言うまで、決して許してはくれなさそうだった。
『わかりました――』
とりあえず、その場しのぎの返事で、この場を乗り切るしかなかった。電話を切って直ぐに、俺の家から車で20分のところに住んでいる、ある人物の家を訪ねた。俺とマナのことを世良さんに話した人物――
「圭太、わざわざ来てくれたんだ。でも、用って何? 電話じゃ駄目なの?」
「直接会って話がしたかった」
「もしかして――」
ゆずきの表情は曇り、俺と目を合わせようとはしなかった。
「もしかしてって何だよ?」
「何でもない。気にしないで」
「しらばっくれる気か? わかってるんだよ」
「知らないよ」
「だったら教えてやるよ」
「―――――」
「俺とマナが婚約してたのを世良さんに話したのは、ゆずきなんだろ?」
「違うよ――」
いつも冷静でポーカーフェイスのゆずきが珍しく取り乱していた。
「怒ってる訳じゃない。マナ以外の人間が知る分には構わない。でも訳は知りたい。何でゆずきが世良さんに言う必要があったのかってことを――」
「それは――」
ゆずきは、うつむいたまま黙り込んでしまった。
「いつもマナのことで相談にのってもらって、ホントに感謝してる。ゆずきがいたから、どんなに苦しくてツラい時でも乗り越えられた。いつもどんな時も傍で支えてくれた。本当にありがとう。今回の件も俺とマナのためにしてくれたんだろ?」
「―――――」
俺がジッと見つめていると、ゆずきは顔を背けてしまった。
「これからもマナのこと頼むよ」
「ムリっ!? マナのためになんて、もう何もしたくない! 私はずっと圭太だけのためにやってきた。世良さんに言ったのも、余りにも圭太がで見てられなかったから――婚約を解消してもらうために全てを話したの。でもダメだった」
「俺のためにそんなことまで――ありがとう。だったら俺と同じようにマナの力にもなってあげてくれないか?」
「高校で同じクラスになった時、マナとは絶対に友達になりたくないって思ってた。でも気付いたら、懐っこくてズル賢いアイツがいつも傍にいて、嫌いだったのにいつの間にか受け入れてた。いつしか、いないと困る存在になってた」
ゆずきは振り返ると、ハンカチで目尻を押さえて肩を震わせていた。滅多に見ることのないゆずきの涙だった。
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