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あや
「安住ちゃん、点滴漏れてない? なんだか痛痒いんだけど」
「うーん、腫れたりしてないし大丈夫ですよ、加藤さん。……って、そんなことより! お尻触ろうとしないでくださいね!」
午前中の一般病棟。穂乃果は、ナースたちの間で『手が早いスケベオヤジ』として有名な入院患者・加藤さんのケアにあたっていた。
隙あらば手を握ろうとしたり、腰に手を回そうとしてくる加藤さんの動きを、穂乃果は長年の経験で培ったプロの技で見事に躱していく。
「えー? 触ってないって! でもまぁ、触り心地が良さそうな肌してるよねぇ。真鍋先生が羨ましいよ。婚約したんだって? こんなにいい体を独り占めできるなんて。ワシがあと二十年若かったら、猛アタックするのになぁ」
「……っ、セクハラ発言が過ぎますよ? あんまりそんなことばっかり言ってると、師長に言いつけますからね!」
「冗談だよ、冗談。だから師長に言うのだけは勘弁してくれ。あの人、おっかなくて苦手なんだ」
「全く、もう……」
チクリと刺さる「婚約者」という言葉も、今の穂乃果は笑顔の仮面で受け流せるようになっていた。
術後の傷のチェックを終えてふう、と息をつき、寝衣の乱れを整えるためにふと窓の外へ視線を向けた――その時だった。
(……え?)
病院の正面玄関から、ロータリーへと歩いていく一人の長身の人物が目に飛び込んできた。
仕立てのいいダークグレーのロングコート。風になびく艶やかな黒髪。モデルのようにつんと上を向いた顎のラインと、周囲を圧倒するような気高いオーラ。
「あ、なんで……?」
心臓がドクンと跳ねた。
思わず声が漏れる。窓ガラスに張り付くようにしてその姿を追ったが、その人物は滑り込んできたタクシーに乗り込み、あっという間に去って行ってしまった。
(……って、そんなわけないか。お昼だし、ナオミさんは今頃寝てる時間よね。私の勘違い、勘違い!)
ぶんぶんと首を振って、自分を落ち着かせる。
だいたい、昨日はずっと一緒に居たけれど、どこか具合が悪い素振りは一切なかった。病院に来る用事があるなんて話も聞いていない。
大体、今朝だってあんなに――……。
不意によみがえったのは、思い出すだけで下腹部がきゅんと疼き、全身の力が抜けてしまいそうな、あの琥珀色の密室の熱情だ。
普段の綺麗な彼女からは想像もつかない、飢えた野獣のようなナオミのあの低い地声、逞しい背中の感触、そして初めて感じた暴力的なまでの快感。その生々しい肌の記憶が、今になってナース服の下でドクドクと脈打ち始める。
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