大剣を構えた少女は、そのまま大振りで、僕に躊躇なく大剣をぶん回した。
「待て待て待て待て待て!!!」
“風魔法 フラッシュ”
僕は急いで、少女の開けた穴から脱出。
「うわ……結構深かったんだな……。こりゃ、アゲルの言う通り炎魔法 ラグマで破壊しても捕まってたかも……」
まあでも、この深さならあの子も追っては来られないだろう。
僕一人ででも、先に雷の神に会うべきか……。
「逃がさない」
しかし、その少女は、穴が深いにも関わらず、その身をゆっくりと上昇させた。
その足下には、
「氷……?」
氷結した大地の上に少女は立っていた。
氷魔法……?
そんなの七属性に聞いてないぞ……?
しかし、僕に考えてる余地など寄越してはくれない。
その少女は、猛スピードで眼前まで押し寄せる。
“岩魔法 ブレイク”
しかし、
「なんっ……!」
頑丈な岩の防御壁は、その氷のような剣で、簡単にボロボロと砕かれてしまった。
「私の氷、岩よりも硬い」
そう言うと、また大振りの構えを取った。
風魔法で逃げても終われるだけ。
炎魔法で防いでも、謎に包まれた大剣を破壊できるか分からない。
水魔法の遠距離攻撃は、この間合いの速さじゃ意味がない。
岩魔法は簡単に砕かれてしまった。
それに何より、今、僕には光剣がない。
「ヤマト! ”雷魔法” です!!」
すると、地下からアゲルの声が聞こえた。
雷魔法。
雷撃で気絶させるってことか……?
どんな魔法か分からないのに、いきなり人に向けてしまうのは危険ではないだろうか。
そして、少女は眼前に迫る。
いや、迷ってる場合じゃない……!
やるしかない……!
“雷魔法 サンランド”
僕の手から、黄色い雷光が放たれる。
やはり攻撃魔法……大丈夫か……!?
しかし、その雷光は少女を包むだけだった。
「あれ……ダメージ喰らってない……?」
「卑怯ですね」
卑怯……? どう言うことだ……?
「まさか、雷の拘束魔法が使えるとは」
拘束魔法……!?
雷魔法は激しい火力が欲しかったが、 この展開ならば、九死に一生を得たと思うか……。
「で、なんで僕を襲ったの? 初めましてだよね?」
「それが、望み。叶える、だけ」
そう言うと、大剣を静かに背中に戻した。
やはり大剣そのものは武器、その周囲に氷魔法を張り、強固にさせていたんだ。
常に無表情、クールで寡黙な女の子だった。
「逃亡者がいたぞー!!」
そこに、何人もの兵士たちが駆け付ける。
「ヤバい……! 僕は逃げるけど、君、もう僕のこと襲ってこないでよ! 人違いだから!!」
そう言い残し、僕は姿を眩ませることに成功した。
「ハァ……。あと五日……どうすればいいんだ……?」
アゲルは捕まったまま。
派手に動いても、もしかしたら、またあの少女に狙われるかも知れない。
何より、逃亡者として大きく張り出され、兵士たちには僕の情報が漏れているらしく、もう表の道は殆ど歩けなかった。
「お困りのご様子ですね……」
路地裏に、密かに座っていたのは、如何にも根暗そうな、不気味な男性だった。
「えっと……貴方は……?」
「僕はブルーノと言います。一応、物書きでして……。へへ……結構僕の作品、人気なんですよ」
こうはなりたくない大人ランキングの上位に上がりそうな人だけど、こんな路地裏にいる物書きさんなら、捕まる心配は無さそうだ。
しのごの言っている暇はない……。
僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「どうか、ご飯を恵んでください!!」
綺麗な九十度のお辞儀だ。
まさか、こんな場面でこの秘奥義を使うことになるとはな……。
「ぜ、全然いいですけど……」
ブルーノさんは、さっきまで不穏そうな雰囲気を醸し出していたのに、途端に困った顔を浮かべていた。
「ここの屋敷に住んでるんです。どうぞ、上がってください……」
その屋敷は、どう見ても周りの屋敷とは一味違う、高い地位の役人のような家だった。
「あら? ブルーノさん、帰宅されました?」
中から出て来たのは、煌びやかな和装を着た、僕より少し年上くらいの女性だった。
「あら! お客さんじゃないですか! 先に仰ってくださいよ!」
「あ、初めまして……。旅人のヤマトと言います……」
仰々しく頭をペコペコと下げた。
「彼女はクイナ。この国の三大名家の一人娘さんだ」
やっぱり偉い人だった……。
「持ち上げないでください! ブルーノさんも、この国では有名な物書きさんじゃないですか! どこにでも雇われる、名の知れたベテラン冒険者さんでもありますよね!?」
「す、すごい人なんですね……」
「いやぁ……まぁ……」
そう言うと、ニタニタと笑い出した。
「なーんか騒がしいね」
すると、また中から一人、オレンジの髪をした白衣の男の人が現れた。
「あ、ヤマトさん! こちら、私の専属医師のヴェンドさんです!」
「どーも! お医者さんでーす!」
ちょっとだけ、雰囲気が岩の神 カズハさんに似ている、気さくそうな人だった。
そして、僕はそのまま夕食を頂くことになった。
「え!? ”氷の剣士” に襲われた!?」
「はい……いきなり……。顔も知らないのに……」
その話を聞くと、三人は徐に俯いた。
やっぱり、何か問題のある子なんだ……。
「彼女は、この国では三大名家よりも有名人でしょう。氷結の剣士、剣豪 ホクト。雷の神に仕えている訳ではないのですが、思想が同じで手を組んでいるだとか……」
思想が同じで手を組んでいる……。
嫌な予感が頭を過ぎる。
「その、雷の神の思想ってなんですか……?」
クイナさんは、少し俯いた後、僕を見遣る。
「『勝者こそが正義』だと、私たち三大名家を競わせ、神に一番恩恵をもたらせた者を一番の名家にすると……」
正義の国……。
徐々に内情が見えて来たような気がする。
取り締まりの厳しい兵士たち。
三大名家の存在。
そして、雷の神の思想。
この正義の国は、少しでも多くの犯罪に及ぶ者を見つけ、神に証を見せる為、躍起になっているんだ。
「きっと、あなた方を捕らえたのは、この国で一番躍起となっている海洋隊でしょう。頭に藁の傘を被ってませんでしたか?」
「藁の傘……全員被ってました!!」
「やはり……海洋隊の兵士さんたちも、みんな報酬欲しさに、躍起になって取り締まっているんです」
この困った表情を見るに、きっと、クイナさんの家は、その神の思想に乗り気ではないのだろう。
「取り敢えず、ヤマトくんは、その海洋隊に捕まった仲間を救出に行くんだろ? 手伝うよ」
そう言ったのは、医師のヴェンドさんだった。
「俺は岩魔法の使い手でな、変身することができる」
「へ、変身!? 凄いですね!」
「フッハハ! そうだろ! 明日、見せてやるよ!」
そうして、僕はこのまま、この家、雷鳴隊本部にして、クイナさんの家に寝かせてもらえることになった。
「ロズ」
コトン、と、小さな足音がする。
「ホクトか、何の用だ」
「異郷者を見つけた。正義の国に来た」
ロズと呼ばれた大柄の男は立ち上がる。
「ならば……殺せ……」
ホクトは背を向ける。
「私に命令するな。殺しはする」
そして、ホクトは去って行った。
「いいのですか!? ロズ様! 神に対してあの様な不遜な態度!!」
「まあ良い……。彼女は機械みたいなモノだ。それより、海洋隊には期待しているぞ……?」
「も、もちろん、海洋隊 隊長 ルビーの名に置いて、必ずその異郷者を、再び捕えてみせます!」
そして、青髪の女性は去って行った。
「異郷者……遂に来たか……待っていた……」
雷の神 ロズ。
正義の国で三大名家を競わせ、絶対正義を重んじる男。
そして、ヤマトの命を狙う者。
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