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「おい、レオン。平気か?」
「……はい」
余程酷い顔をしていたのだろう。ルーイ先生が気遣うように肩に触れた。そのまま俺の体を自身の背後へと移動させる。先生は俺とシエルレクト神の間に割り込み、彼の視線から俺を遠ざけた。
「釈然としないな。コスタビューテの王太子も自分に物申したい様子。まさか同情なんてしているわけでもあるまい。お前はあの男に同胞を傷付けられ、はらわた煮えくり返っていたのだろう? お前があいつを殺すのと自分が殺すので何が違うんだ」
「私の血を引いているとは言っても、レオンは人間なの。ニュアージュの神と呼ばれてるあんたが人食いなんて……ショックを受けても仕方ないじゃない」
「神ね……本来その肩書きをお持ちなのはルーイ様とリフィニティ様だけなのだが。特別な立場を与えて貰ってはいるが、我々もこの世界で生きる生物のひとつでしかない。勝手に理想を抱いて幻滅されても困る」
シエルレクト神は呆れたように両肩を縮こませた。男が死んだという結果だけ見れば彼の言う通りだ。しかし、彼には男に対して俺のような怒りの感情などはあるわけも無く。精々ストックしていた食糧を、やむを得ず食う羽目になったというくらいの軽さだ。躊躇いもなく男を食い殺したと発言するシエルレクト神……幻滅ではないが少なからず動揺はした。
「いえ、シエルレクト神の食事情についてはルーイ様から知らされておりました。それでも、やはり……俺には刺激が強く……」
「私もいまいち人間のうまさについては理解できません。それよりも牛や豚の方がよっぽど美味だと思うのですが……」
「コンティ……そういう問題じゃねぇよ。つか、スイーツが最強だろ。あっ! いや、そんなことはどうでもよくてだな……」
コンティレクト神のズレた発言に釣られそうになりながらも、先生は話題を変える。これも俺を気にかけての行動だろう。
「……シエル、お前はサークスを所持している人間の現在位置を全て把握しているのか?」
「ええ。常にではありませんが、やろうと思えばいつでも場所を割り出せます。自我があるとはいえ、サークスは自分の手足の一部のようなものですからね。あの男に与えたものは、メーアレクトの下僕が大部分を食らってしまったせいでカケラほどしか残されておらず、探索には些か手こずりましたが……」
「今日お前が食った人間はその男ひとりで間違いないな。そいつ以外に仲間はいなかったのか?」
「はい。この近辺……王都には他にサークスの気配はありません。男はひとりでしたよ。連れがいるようには見えませんでしたが……ルーイ様、質問ばかりですね」
「お前がさっさと男を食っちまったせいだからな。ちったぁ協力しろ。最後の質問だ。現在お前がサークスを与えている人間の数は?」
「……22、いや21です。その時々で変動はしますが、大体20から30くらいになりますね。それ以上になると自分も管理できなくなりますので」
ちなみに人間達の名前や素性には興味が無いので、契約時にもいちいち記憶しないという。だから男がどこの誰かなどを聞かれても答えられないらしい。よほど印象が強ければ顔くらいは覚えるが、その男に関しては顔すら思い出せなかったそうだ。
シエルレクト神の言葉通りならば男は単独犯。近くに別の魔法使いもいないとなると、王宮内にいた蝶もその男の仕業だったということか……。しかし、必ずしもその場にいなければ魔法を使えないというわけでもないだろうから、やはりまだ決定打に欠けるな。
「お前も大概いい加減だな。一応全て管理下に置いている分、数も把握していないコンティよりはマシか……」
「お恥ずかしい限りです。でもまさか人間達が私の老廃物を再利用するとは思いませんでして……あれを口にするのはなかなか勇気がいるでしょうに」
ローシュの貴石、国宝とまで言われているコンティドロップスを老廃物と表現され、予期せぬ方向からのダメージを受けた。こちとら、その老廃物を婚約者に身に付けさせているのだが……。石を口にしたことは無いけれど、魔力を貯めることの出来るというその特性にはかなり世話になっている。
「一過性の物とはいえ、お前の魔力を手に入れることが出来るんだからな。それ以外にも便利な使い道がある。人間達にとったらお宝だよ。拒否反応等、体に与えるリスクをものともしないくらいにはな」
コンティレクト神の体から定期的に排出される、彼の魔力を宿した石……通称コンティドロップス。見た目は炎を連想させる鮮やかな赤色で、宝石の様に美しい石だ。ドロップスと呼ばれる所以は、その石が装飾品ではなく主に体内に取り入れる目的で利用されているからだ。
「ルーイ様。魔力を得た人間の管理をしろとおっしゃいましたが、コンティドロップスはコンティの体から零れ落ちた物を人間が勝手に集めて食べてるわけでしょう? コンティに脱皮するなとも言えないし、それを全て把握するのって難しいと思うのですが……」
メーアレクト様の仰る通り、コンティレクト神の脱皮の頻度や、一度に得られる石の量は知らないけれど……シエルレクト神のように全てを監視下におくのは厳しいだろうな。
「自分はコンティの残りカスのような魔力を得た人間などより、今目の前にいる子供の方がよっぽど脅威だと思うがな。手綱を付けるのであれば、まずこちらだろう」
シエルレクト神がまた俺を睨み付ける。先生に言われた通り後ろへ下がり大人しくしているのに、向こうから積極的に絡んでくる。何なんだよ……これ絶対俺のこと嫌ってるだろ。
「下手をしたら我々にも拮抗するやもしれない力です。人間と言われますが、どう見てもその枠を越えた異質な存在だ。ルーイ様やリフィニティ様は、この子供についてはどうお考えですか?」
「うーん……お上は驚きながらも楽しそうだったな。レオン個人に対して悪い印象は持っていなかったと思うぞ。俺も始めはこいつの強過ぎる力に人間かどうか疑ったし、異質という考えは同じだ。しかし、こいつの中身は何てことはない普通の子供。妙に大人びてて可愛くはないけどな」
「あんたと違ってレオンは良い子だし、力の使い方は私が指導してるから問題無いわ」
「どうだか……今はまだ幼いから聞き分けが良いだけかもしれないだろう。将来こいつが我らの住処に牙を向けない保証にはならない」
またシエルレクト神とメーアレクト様が揉め出した。しかも今回は俺の話題で……勘弁してくれよ。シエルレクト神は俺のことを信用できないと主張しておられるが……ここまでの話を聞いて、神の住処に手を出す気なんて微塵も起きねーよ。
「もーっ! 喧嘩すんなっつってんだろう!!」
まとめ役の先生までキレだした。このままでは収拾がつかなくなってしまう。そんな中、御三方には混ざらず静かに傍聴していたコンティレクト神が言葉を発した。
「白熱している所、申し訳ありませんが……」
彼の穏やかでよく通る声が耳に届いたのか、先生達は言い争いを中断させる。そして一斉に声の発信源であるコンティレクト神へと注目した。
「要は、人間達が我々のテリトリー内に魔法を持ち込めなくしてしまえば良いのでしょう? それでしたら私に考えがあります。ひと月……いや、20日ほど時間を頂けませんでしょうか」