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【side宗親】
「織田、お前本気なのか?」
10席しかないカウンター席のど真ん中に陣取って、出されたばかりのウィスキーに口を付けるや否や、ここを経営している悪友に詰め寄られた。
まぁそれは仕方ない。そもそも今日はこのバーの店休日なのだから。
「――近いよ、明智」
カウンターに手をついて前のめりになる友人からスッと身を引くと、僕は小さく吐息を落とす。
自分でも馬鹿げていると思ってるさ。
彼氏持ちの――。しかもまだ社会人にもなっていないような未熟な女の子に本気で横恋慕したいと思うなんてね。
「……正直な話、理屈じゃないでしょう? こういうのは」
溜め息混じり、半ば自分に言い聞かせるように言ったら、僕の言葉に呼応するみたいに手にしたグラスの中、琥珀色の液体を揺らして氷がカランと乾いた音を立てた。
「けどなぁ、織田。お前も知っての通り、あの子には同い年の彼氏がいるんだぞ? ――お前のことなんて視界にも入ってなさそうだし。……そもそも今後も接点なんてねぇだろ?」
下手を打ちたくなくて、目立たないよう鳴りを潜めているんだ。視界に入るはずがない。
僕があの子の視界に入る時は、確実に彼女を手中におさめられるという確証が得られた時だ。
それまでは、僕のことを認識してもらっては困るとさえ思っている。
「馬鹿なんですか? 接点なんて作ろうと思えばいくらでも作れます。――ねぇ明智。そもそも同じバーの常連ってだけでも十分お膳立てされていると思いませんか?」
僕はいつもこの店の一番奥。
元々薄暗い店内でも、特に明度の低い位置。
カウンター席の、入り口から一番離れた最奥の席に座るようにしている。
対して彼女は基本テーブル席を好むようだ。だが、店の混み具合によってはそこを確保できず、僕が座るカウンター席、同じ並びのどこかに着座することもある。
席が近ければ会話に聞き耳を立てて情報収集ぐらいはするけれど、離れているときは気配を気にしつつも素知らぬふりを決め込んで。
それが、僕のいつものスタンスだった。
接点なんていくらでも作れると思っているのは事実だけれど、おいそれとはその踏ん切りが付けられないのもまた真実で。
そんな煮え切らない現状を打開したくて、わざわざ呆れられるのを承知で明智に胸の内を吐露したのだ。
母親からの見合い話もこのところ段々激化してきているし、いい加減本気で動かないとにっちもさっちも行かなくなりそうだった。
何もせずに欲しいものを諦めるなんて、真っ平御免だ。
このバーでたまたま何度か見掛ける内に、やたらと気にかかるようになっていた、好みのどストライクな見た目の、ゆるふわな印象の女の子が、一度だけトロットロに酔っている姿を見たことがある。
いつもはどちらかと言うと、小柄な体型も相まって幼い印象さえまとった彼女が、切なそうに彼氏を見詰める表情に紛うことなき〝女〟を見て、僕は一瞬で心を奪われたんだ。
あの熱視線の先にいるのが、何故自分ではないのか、と本気で思ってしまったほどに。
どうしようもなく僕好みの、可愛い顔をした女の子だと言うのは認知していたけれど、不意打ちのように見せられたあの表情は反則だった。
世に言ういわゆるギャップ萌えと言うやつだろうか。
しかもそう意識した上でよく見ると、彼女は小柄な割に結構胸があった。
そのくせ自分ではそのことを余り意識していないのか、無防備に動くものだから、そのたび円い膨らみが柔らかく形を変えて、それが、何とも艶かしく見えて――。
僕だって、いい歳をした大人の男だ。
別に女性経験自体がないわけじゃなし、どちらかと言うと経験豊富な方だと自負だってしていた。
それなのに。
年下の女の子の――それも服に包まれた双丘を見たぐらいでその下を想像して触れたくてたまらなくなるとか。
まるで10代やそこいらの未経験者のようだ。
それが自分でも訳が分からなくて戸惑ってしまった。
そもそも彼氏持ちの、年の離れた女の子に懸想するなんて合理的じゃないし、普通に考えて負け戦の可能性が高い。
僕は幼い頃から感情を押し殺すことを美徳とされて育てられてきたのだ。
――馬鹿なことはやめておいた方がいい。
傷ついたってポーカーフェイスを崩さないで日常生活を営める自信はあったけれど、それとダメージを受けないかどうかはまた別の話。
わざわざ自らを追い込む必要はないはずだ。
そう自分に言い聞かせて極力あの子のことは見ないようにしたんだけれど。
残念ながら感情というやつは、封じようとすればするほど反発して膨らんでしまうものらしい。
彼氏がいるくせに、件の子が、このバーに一緒に来る割合が高いのが、圧倒的に同性というのも、もしや男とうまくいっていないのか?と思わせて僕の心を揺さぶった。
そんなことを思う内、いつしかどうにかして彼女を恋人から奪えないものかと考えるようになっていて――。
実際、きっかけさえあれば相手の懐に入るのは案外容易なはずなんだ。
そもそも僕はそう言うのには長けている方だし、どうにかしてあの子の印象に残りさえすれば、あとはジワジワと外堀を埋めていくことはそれほど難しいことじゃない。
問題は、どのタイミングでその〝きっかけ〟を作るか、だ。
そこだけは慎重に見極めないと――。
***
「今更言うまでもなく分かってると思いますけど……明智のことだって大学で一緒のクラスになるまでは、お互い知り合いじゃなかったですよね?」
今でこそこんな風に言いたい放題言い合える仲だけれど、元を正せば見知らぬ者同士。
薄く笑みを浮かべながら言えば、「まぁそれはそうなんだけどさぁ」と煮え切らない返事。