テラーノベル
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灰色の霧が立ち込める戦場に、少年の足音だけが響いていた。前線で、セリスはあっけなくその命を奪われた。血と煙、悲鳴の中で、少年はただ、我を忘れ、来る日も来る日も手当たり次第に悪魔を討ち倒した。怒りと悲しみが渦となり、理性は遠くに置き去りにされた。
ーーーー
神殿の大理石の廊下は、戦場の記憶を押し返すように静かだった。少年は無言で階段を上がり、大天使ミカリスの前に立つ。胸の奥は空っぽで、セリスの死がまだ生々しく痛む。
ミカリスは静かに、しかし力強い声で言った。
「アゼリア…君を前線隊長に任命する。」
少年はその言葉に目を見開き、かすかに肩を震わせる。
「…隊長、ですか…。」
声はかすれ、感情は何も湧かない。栄誉も期待も、心を埋めることはできなかった。
「顔を上げなさい、アゼリア。」
大天使ミカリスの声は、慈愛に満ちている――はずだった。
少年はゆっくりと顔を上げる。
「…セリスは、命令通り前進しました。」
「ええ。」
「…それで、死にました。」
言葉にした瞬間、胸の奥が軋んだ。
ミカリスは一拍、沈黙する。
「彼は、天使として正しい最期を迎えた。」
その言葉に、少年の指がわずかに震える。
「正しい…ですか」
「そうだ。あの戦線は、どうしても突破する必要があった」
「…援軍は、来ませんでした。」
「間に合わなかったのだ。」
ミカリスの声は変わらない。
だが、その視線は一瞬だけ、少年の背後――まるで見えない“何か”を確認するように逸れた。
「それでも君たちは役目を果たした。犠牲は…必要だった。」
その瞬間、少年の胸の奥で熱と冷たさがぶつかり合い、言葉にならない感情が渦を巻いた。
「じゃあ…セリスの死は…必要だった、ということですか。」
ミカリスはすぐには答えない。
光の中で、その翼がわずかに軋む。
「戦争とは、そういうものだ。」
少年はもうなんの感情と湧かなかった。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、空白。
「…俺は、あの日…悪魔を、たくさん殺しました。」
「聞いている。」
「セリスの顔が…何度も、浮かんで…。」
ミカリスは静かに歩み寄り、彼の前に立つ。
「だからこそ、君を隊長に任命する。」
「…」
「仲間を失う辛さを知った君は、今までより力を発揮できるだろう。その力で隊長として精進しなさい。」
――本当に、そうだろうか。
少年はそう思いながらも、口には出さない。
「…命令は、絶対ですよね。 」
「もちろんだ。天使である限り。」
「…わかりました。」
「良い返事だ、アゼリア。」
ミカリスは微笑む。
その微笑みの裏にあるものを、アゼリアはまだ知らない。
跪いたまま、彼は静かに拳を握る。
セリス…私は、間違ってない…よな?
答えは、まだ降りてこない。
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