夏芽(なつめ)のシフトが入っていない日。いつも通り店長である神羽(じんう)が早くに来て店を開け
営業時間の1時間から30分前に名論永(めろな)と雪姫(ゆき)が出勤してきて
開店準備をしているとカラカラガラと引き戸が開き
「おっはよぉ〜!」
と銀同馬(ぎおま)が久々に出勤してきた。
「うわ。なんか来た」
「なんか来たとはなんよ!従業員に向かって!」
「よくこの月の出勤回数で従業員って胸張って言えるよね」
「えっへん!」
言葉に出して胸を張る銀同馬。
「さすが。イカれてる」
「誰がやねん!あ、めろさん、お疲れ様です!」
「あぁ。うん。お疲れ様。ひさびさだね」
「そうっすね。今日彼女が会社の飲み会で遅くなるらしいんで
飯作んなくていいし、んなら働くかって思って」
と言いながら控え室というか更衣室へ行って荷物を置いて、エプロンを持ってホールに戻ってくる。
「割とマジで本気でイカれてると思うんですけど、めろさんどう思います?」
と神羽に聞かれて
「えぇ〜っと…」
困る名論永。
「めろさん困らすなよ。こんな優しい人を」
と銀同馬が名論永の肩に腕を回す。
「歳上歳上。ぎおちんこそ先輩になんて態度取ってんだよ」
「え?」
名論永の顔を見る銀同馬。名論永は笑顔。
「めっちゃ笑顔じゃん」
「ぎおちんが自分で言ったじゃん。めろさんは優しい人なんだよ」
「あ、そっか。…ってことは普通死ぬくらい怒るの!?」
と驚く銀同馬。
「…知らんけど」
という神羽の言葉に
「知らんのかーい」
とわざとらしく、大袈裟に転ける仕草をする銀同馬。
「ぎおちんが来ると一気に賑やかになるわ」
「お?褒められた?珍しくじんちゃんがオレのこと褒めた?」
「…。まあ。褒めてはいるかな」
と「褒めてねぇーよ」と言われると思っていた銀同馬は
「褒めて…え、褒めてるん?」
とびっくりした。
「まあ、テンション高めがオレだけだから。
オレを越えるバカなテンションのぎおちんがいると居酒屋とし活気付くからね」
「おぉ〜」
と褒めを受け入れた銀同馬だったが
“バカ”なテンション?
と少し引っ掛かったが口には出さずにいた。
「てか来るのはいいけど事前にLIMEしてよ」
「すまんすまん…。あ!そうだわ!」
と思い出す。
「夏芽ちゃんって子誰なん!?」
「いや、グループで自己紹介してたでしょ。わざわざぎおちんのためだけに」
「いや新人バイトだってことはわかったけど、どうしたん?」
「いや、梨入須(ないず)とめろさん、今フルで入ってくれてるけど
休みたいときとか体調悪くて休まないといけないときとか、気軽に休めるようにってので入ってもらったんよ」
「あぁ〜…。でも、今までも体調不良はあったでしょ。ねえ?」
と名論永に言う銀同馬。
「そうーだね?」
「っすよね?」
と言った後に神羽を見る銀同馬。神羽は深くため息を吐き
「だから、“気軽に”休みやすいようにだよ。
ほんとは金城崩(かなしろほう)さんの役回りをぎおちんにやってもらうはずだったんよ?
でもぎおちんが全然来ないから入ってもらったの」
とカウンターに肘を乗せながら言う。
「オレが?」
「そうだよ。なんのために使えない先輩を雇ったと思ってんのさ」
「えっ!?ヤバっ!マジかこいつ。聞きました?先輩っすよオレ。こいつの直々の」
と名論永に驚いた顔を向けつつ、親指で神羽を指す銀同馬。
「そうだね。高校の」
「そうっすよ!マジでこいつオレに対しての敬意がゼロなんすよ!」
「ゼロだね」
容赦なく無表情ジト目で言い放つ神羽。
「どう思います!?」
「いやぁ〜。仲良さそうで」
と言われて
「えぇ〜?まあぁ〜?」
と照れる銀同馬。
「この短時間で百面相。うん。賑やかになるわ」
と神羽が苦笑いしながら呟き、開店時間が来たので暖簾を出したり、看板や提灯の電気をつけたりした。
いつも通り回転直後にお客さんは来ず、しばらくしてからお客さんが来始め
そこからちらほらとお客さんがやって来た。
「おっす、神羽くん」
と奥樽家(おたるげ)父が来た。
「おぉ!奥樽家さん!お疲れ様です!」
「カウンターいい?」
「もちろん」
カウンター席に座る奥樽家父。
「らっしゃーせー!」
銀同馬が元気よく満面の笑顔で出迎える。
「おぉ!淡田くん!ひさしぶりだね」
「おひさしぶりっす!」
「相変わらず元気だねぇ」
「あざっす!」
「とりあえずビールと枝豆貰おうかな」
「うっす!」
と神羽がビールを注いで銀同馬がキッチンの雪姫にオーダーを通す。
ビールを飲む奥樽家父と仕事をしながらしばし話す。
「そっか。今日は夏芽ちゃんシフトない日か」
と奥樽家父が言う。
「そっすね」
「そうだわ!夏芽ちゃん今日いないんだ?」
「見たらわかるでしょ。いないよ」
「あ、淡田くん、夏芽ちゃんに会ったことないんだ?」
「ないっすないっす」
「ぎおちんには会わせない方がいいかもっすね」
「なんでよ!」
「いや、手出されたら困るし」
「あぁ〜。それはさすがに僕も怒るかもな」
「出さないっすよ!オレどんなイメージなんすか!」
奥樽家父が神羽を見る。
「んん〜。女にだらしない。クズ、バカ、アホ」
「おい!」
「と奥樽家さんが思ってると思う」
「思ってないよ」
と笑う奥樽家父。しばらく奥樽家父と話しながら仕事をして時間が過ぎていった。
「あ、そうなんすね」
「そうなのよ。名論永くんはどう思う?」
「自分ですか?あぁ〜…」
と話が自分から名論永に移ったタイミングでスマホを取り出して
通知が来ていないか確認する神羽。たまに常連さんが混み具合を聞いてきたりするためである。
「お」
と呟きスマホを軽く操作してポケットにしまう神羽。
「ぎおちん」
「ん?」
「漆慕くん来るって」
「マジか」
「ちなみにぃ〜。金兜(かなと)くんも来るってさ」
「マジでか」
「なに?嫌なの?」
「嫌ではないけどさ。なんかバンドメンバーと待ち合わせもしてないのに別場所で会うってなんか…」
「ま、そんなこと言っても来るから」
なんて話してしばらくしたら引き戸がカラガラカラと開いて
「おぉ〜す」
と漆慕とその後ろに茶髪のセンターパートの笑っているような目の、至って普通の爽やかな青年が店に訪れた。
「お!いらっしゃい!漆慕くんに金兜くん!」
「おぉ、神羽、ひさしぶり。…お、ぎん(銀同馬のあだ名)もいる」
「うわマジだ。珍し」
「ひさしぶりっすね、金兜くん」
「ね、ひさしぶりだね」
「カウンター席いい?」
と漆慕が聞いて
「どうぞどうぞ」
とカウンターに座る漆慕と金兜。
「円鏡(まるきょう)くん、ひさしぶり!」
「おぉ、奥樽家さん!おひさしぶりっす」
「相変わらずイケメンだね」
「いえいえ、ありがとうございます。奥樽家さんも相変わらずオレの次にイケメンっすね」
と漆慕が言うと笑って奥樽家父が拳を出してきたので、漆慕もそれに応えてグータッチをする。
「ぎん、今日バイトだったんだ?」
と金兜が言うと
「いや、勝手に来たっす」
と神羽が答える。
「マジでオレの扱い雑すぎね?」
「じゃ、尊敬される先輩になってくれよ」
「マジ可愛くねぇよなぁ〜。卒業式泣いてたあの可愛い神羽くんはどこへやらよ」
「懐かしいね」
「うるせぇよ」
とカウンターの下で銀同馬の足を蹴る神羽。
「あ!ご注文決まってたら」
「じゃ、オレはレモンサワー」
「オレはビール」
「うっす。あ、めろさん!レモンサワーお願いしていいっすか」
「うん」
神羽がジョッキにビールを注ぎ、名論永はレモンサワーを作る。
「めろさん覚えてます?汐旗(しおはた) 金兜(かなと)くんです」
「うん覚えてる。バンドメンバー?全員で1回来たことあったよね。あと、ま、ちらほらと」
「そっすそっす。金兜くん覚えてます?めろさん」
「…あぁ〜…うん。めろさんって呼び方は記憶にあるけど
こんな派手な方だったっけ?こんな派手な方なら忘れることはないと思うんだけど…」
「っしゃー。はい漆慕くん」
「うん。ありがとう」
「髪色変えたんすよ。めっちゃイケメンじゃないっすか?」
「うん。へぇ〜。あ、どうも。改めまして、汐旗 金兜です」
「あ、どうも。一目好(ひともす) 名論永(めろな)です。あ、レモンサワーです」
「あ、すいません。ありがとうございます」
と改めて金兜と名論永が自己紹介をしたところで
「んじゃ」
「おう」
「乾杯」
「乾杯」
と漆慕と金兜が乾杯して、奥樽家父とも乾杯し、それぞれ飲み物を飲む。
「漆慕ー。オレもビール飲みたいー」
「勝手に飲め」
「金兜ー」
「お金払って飲んだら?」
と言う金兜に噴き出して笑う神羽。
「さすが。笑顔で淡々と事実を述べるスタイル。ご健在で」
「奢れよー」
「ぎんに奢る要素がない」
「右に同じ」
「そーいえば英丞(えいす)くんは一緒じゃなかったんすね」
「あぁ、英丞はゲームしてんじゃないかな。呼ぶ?」
「まーオレからしてみれば売り上げに繋がるんで」
と笑う神羽。
「ま、来ないと思うけど一応LIMEしてみるか」
と漆慕はスマホを取り出してスマホをいじる。
「金兜くん、今日なにしてたんすか?漆慕くんと一緒だったんすか?」
「あぁ、暇だから遊ぼうぜって言われて甘谷とか真新宿行って人混み見てきた」
「人混みって見るもんなんだ」
「最終、ま、大吉祥寺がいいよねって話を甘谷のカフェで話してた」
「うお。ホームで敵チームの話するようなもんすね。怖」
と神羽と金兜が話をする一方
「相変わらず綺麗に入ってるねぇ〜」
と奥樽家父はスマホをいじる漆慕のタトゥーを見ていた。
「あざっす」
とスマホをテーブルに置いて自分のタトゥーを見る漆慕。
「相変わらずっていうか、1回入れたら消えないっすからね」
と言う銀同馬。
「ボヤけるから。タトゥーって。それを褒めてくれてるの、奥樽家さんは」
「あ、そなん?知らんもん。タトゥー入れてないし」
「今度入れいくか」
「行かねぇーよ」
「バンドの名前入れてるんだっけ?」
と問う奥樽家父に
「あぁ。よく覚えてましたね」
と言って右腕の上腕の内側を見せる漆慕。
「おぉ〜。それそれ。金の龍。綺麗に入ってるよねぇ〜」
漆慕の右腕の上腕の内側には金の龍が入っており、その龍の上に被せるように
「The Gold medal band」というレタリングが入っていた。
「金兜が金の龍入れてんならわかるけどさぁ〜、”金“兜だし。なんで漆慕が金の龍入れてんのよ」
と銀同馬が腕をカウンターにつき、その腕に顔を乗せながら言う。
「いや「The Gold medal band」なんだから金の龍入れたんだよ。
オレらのバンドが龍のように昇っていけるようにって意味を込めて」
「あぁ〜…」
納得しかけた銀同馬だったが
「いや「The Gold medal band」なんだから金メダル入れろよ」
と思ったことをそのままフィルターを通さず言った。
「腕に?」(漆慕)
「腕に?」(金兜)
「腕に?」(奥樽家父)
「腕に?」(神羽)
「腕に?」(名論永)
「…腕に?」(キッチンから雪姫)
「全員!?」
銀同馬が驚く。
「いや、普通に考えて腕に金メダル入れる?どう思います?奥樽家さん」
「僕なら首から下げたい…。でもよく考えたら胸に金メダルってのも普通だよね」
と金兜に話を振る奥樽家父。
「そうですねぇ〜…。ま、僕ならそもそも金メダルのタトゥー入れないっすね」
「たしかに」
と納得の名論永。
「じゃ、漆慕くんが正解ということで」
奥樽家父が判定をして漆慕の腕を上げる。
「勝者、漆慕く〜ん!」
神羽が言う。金兜が拍手する。名論永も拍手する。
「オレ、負け!?」
「負けぇ〜」
「言い方ウザッ」
それに加えて顔もウザい神羽。
「てかいいんすか?奥樽家さんってたしか高校の先生でしたよね?」
「そうだよ?」
「こんなタトゥーごりごりに入れた漆慕と仲良さげに話してたら週刊誌に撮られるんじゃないんすか」
「スゲェバカじゃん」
と言う神羽。
「は!?な、どこがだよ!なあ、金兜」
「うん。バカだね。ぎんが」
「は!?なんでだよ!」
「奥樽家さんは芸能人でも著名人でも有名人…でもないですよね?」
不安になり奥樽家父に聞く金兜。奥樽家父は笑顔で頷く。
「著名人でも有名人でもないんだから週刊誌が張ってるわけないし。
…ま、問題が発生するとしたら、生徒さんの親御さんに見られていろいろ言われるとかだね」
「汐旗くんだっけ」
「あ、はい。汐旗です」
「君、頭良かったでしょ」
「いやいや全然全然」
「高校どこ?」
と奥樽家父が金兜に聞くと
「金兜くんもオレらと同じ達磨っすよ」
なぜか神羽が答える。
「達磨か。ま、達磨も頭良い子もいるもんね」
「ま、実際自分らの中では金兜が1番頭良かったっす」
と漆慕が言う。
「まあな」
と銀同馬も頷く。
「違うっすよ!」
銀同馬が思い出したように言う。
「いいんすかって!こんなタトゥーだらけのバカと付き合ってて」
「ぎんよりバカじゃねぇーよ」
奥樽家父はビールを飲んだ後、笑顔で言う。
「んん〜。僕が考えるに、だけどね?タトゥー入れてる人=恐い人ではないと思うんだ。
もちろんタトゥーや刺青が反社会的な印象が大きいのはわかるけど
それでもやっぱり1+1=2でも2=1+1ではないと思うんだ。
2は2×1も2だし4-2だって2だし、x² = 4 の解で x > 0 のときだってx=2 だしね?
つまり僕は解を知ってても導き方を見ないとダメだと思うんだ。
タトゥー入ってるからって言って全員を一緒の解にするのは良くないと思う。実際漆慕くんは良い子だし」
と言われて無言でペコリと頭を下げる漆慕。
「その人の人生の導き方、性格を知らないとタトゥー入ってるだけで一緒くたにするのは
僕は良くないと思うから、漆慕くんと仲良くしてるのは全然問題ない」
名論永と金兜、漆慕、キッチンの雪姫は途中で出てきた数式のことを無視して
良いこと言うなぁ〜
と思って内心感動していたが、神羽、銀同馬は途中で出てきた数式を無視できずに
頭からの中で教室にいてイスに座り、黒板に数式が書かれ
はい、この問題を…天鳥(あまどり)。この問題を〜…淡田
と言われているようでショート寸前だった。
「さすが数学教師」
と漆慕が言う。
「あ、数学の先生なんですね」
と金兜が言う。
「そうなのよ」
「あ、でも、めっちゃいい事言ってもらった手前こんな事言うのもなんですけど
タトゥー入ってる自分でもタトゥー入ってる人恐いなって思いますよ」
「え。そうなの?」
「はい。いや、ま、もちろん人によりますけど、イカつめの人がタトゥー入ってたら恐ぁ〜って」
「そうなんだ」
「なんかすいません」
と盛り上がった。
コメント
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と、都会だ…ちなうちは、奈良県じゃよ〜〜
質問です。何県に住んでいますか?(失礼だったらすみません)