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初めに申し上げさせていただきます。戦争という暴力的行為は何人にも許されることではありません。
当作品には昔日の、大日本帝国・ソビエト連邦などの過去の痛ましい戦争を想起させる描写があります。
戦争やその他諸々の暴力行為を正当化して助長する等々の意図は決して、神に誓ってございません。
上記を了承できる方のみ、当作品を読了していただけると物書きの冥利に尽きます。
ソ連…『 』
日本…「 」
日帝…〈 〉
その他…[ ]
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視線がぶつかれば火花でも散らしそうなお前の壮絶な鮮紅色が、まるで絵の具を溶かしたようなうさぎみたいな赤目だと形容すれば、お前はふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らすだろうな。
療養所の医師から、お前の記憶にはいくつか欠落が見られる、なんて澄ました顔で宣告されたよ。
…なぁ、お前は意図せず『忘れた』のか。それとも『忘れたかった』のか。
お前同様、大義を抱いて特攻していった戦友達の柘榴の粒果のような滴り落ちる鮮血。
小動物のように草藪に身を潜めて、迫り来る軍靴の音に怯える苦痛。
戦争が終結しても尚、お前の周りをさすらう手足を失った亡霊のような人々。
地を白く埋め尽くす無数の白骨。
目を凝らせば、朱色の細波が一定の粘度でいくすじも骨にこびりついていた。
帝都の空を蹂躙する横幅20cm程しかない銀の筒。
その全てをお前は、
『忘れた』
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雨を叩けよ軍靴よ
『初めまして、だよな』とソ連さんがころん、とサイコロのように話題を振る。
とても中立的な声だ。特に友好的でも、敵対的でもない。
「に、日本と申します!どうぞ宜しくお願いします…!」
敬意の念を表そうと、不動の腰を深々と折る。
『…大日本帝国改め、な』
消え入りそうな声でソ連さんがぽつんと呟く。
ぽわんと妙に膨張した生温い風が言葉の所々をひったくる。
「え?何か言われましたか?」
『…いや、何でもない』
潤みきったみずみずしいクリスタルブルーに影が落ち、ビロード幕のように色褪せてくすんだ群青色に変わる。
「えと、じゃあ、早速ですが…」
「昨年のGDPは降下傾向にありまして…」
『おい、おいにほん』
「何ですか?お腹でも空きましたか?」
部屋の四隅に溶け出していく柔らかいソ連さんの声に思わず、気の抜けた風船玉のような返事をしてしまう。
『ふ、…いや…大丈夫だ』
笑みが口角に浮かぶのを堪えるソ連さんに片眉をぴくりと動かす。
『堅苦しいのはよそう』
「堅苦しい、って…あ、いえ、すみません」
「あまり仕事仲間以外と対話する機会がないもので…」
『…そうか』
三日月の形に眉を顰め、腑に落ちないといった表情で首を傾げてみせるソ連さん。クラスで一番可愛い女子みたいな仕草だ。
「…」
『…』
煮詰まったオフィスが結婚室の控えに早変わりする宮廷音楽、《ガムラン・ドゥグン》が堅い沈黙に覆い被さる。
オフィス内を彷徨うソ連さんの視線から、部屋に満たされた甘い、くすぐるような音楽に息詰まっていることが分かった。
『…その目』
「え?」
弾力を失って静まったソ連さんの唇が小刻みに動く。
『お前の赤目』
「…は、はぃ」
理性的に冷たく、美しさをたたえた瞳が、此方を刺し通す。
投げかけられるであろう解剖刀のような言葉に、きつく目を閉じ、闇の深さにじっと耐える。
『うさぎみたいだな』
「…え?」
『うさぎ、みたいだ』
「ぁ、ありがとうございます?」
頭をもたげる焦燥も束の間、頭をぴょこつかせ、中途半端に会釈する。
眼前の彼の、青蓮華さながらの切れ長の目。
瞬間、ソ連さんの瞳が冬の夜空で星が瞬くように、眼光が鋭くなる。
『…』
目を鈴のように大きく張ったソ連さんの眼は今にもころりと飛び出しそうだ。
「あ、の。ソ連さん…?」
[お、居たアルね!日本‼︎]
おみ足早く、長い足をずんずんと前に急がせる中国…さ、ん…⁉︎
「え、中国さん⁉︎勤務時間外ですよ⁉︎」
[何言ってんだアル‼︎日本も勤務時間外アル‼︎こんな掃き溜め抜け出して小籠包でも食べに行くネ!]
「うぇぇ…?」
中国さんはいつの間にか、私の腕をとって歩いていた。
「えっ、ちょ‼︎ソ連さん置いてけませんよ!失礼にも程があります!」
[他人に露ほどの興味もないアイツのことネ!どうせ帰ったら弟のロシアでも、小姑みたいにいびってるアル!]
「はぁ…」
中国さんにされるがままの自分に、後ろめたさの溶けた息をゆっくりと吐き出す。
(ソ連さん…気分を害してないといいけど…)
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「ぁ、ありがとうございます…?」
小柄に引き締まった若々しい体の猫背のちんちくりん。
熱帯魚の死骸のような狂おしい赤色の目には絹のような鮮やかな艶が宿っている。
鼻翼をくすぐる忘れられない金木犀の香り。
江戸甘味の求肥、餡みつのような、くどくなく、甘い声。無意識のようだ。軽い目眩を感じる。
だが、違う。
何もかも。違う。
健康な歯茎みたいなベビーピンクの腸が、血潮で上塗りされたような赤色の瞳。
雑巾のようにつぎはぎで、完全に光沢を失った目に沁みる“マッチャ色”の三装略衣を、痩せさらばえて乾いた魚のように貧相な体にお前は自身にあてがう。
どことなく窮屈そうに、痩せ萎びた腰に手を回すお前。
胸を張って威張り散らす調教された兵隊とは一線を画す、お前の瞳にくすぶる不気味な悪魔。
俺を目視した途端に、穢れたものでも見るような目で俺の顔を斜めに見返した。
その後の、俺の他愛のない話にも麦茶一杯ほどの興味だって持てないという風に、首振り人形のように頷いていた。
戦時中のじっとりとした初夏の夜空から吹き下ろす、叩きつけるような重たい風を一心に受け止めそそり立つ崖から真珠色に霞んだ水面と、濡れネズミのようなお前を見下ろす。
若いお前を美しく濡らす矢鱈に光る川の水。
軍服にみるみる粒状の染みができ、生温い湿気に全身を包まれたお前は、キッチリと細く腰を締めつけるくたびれたベルトをするすると外す。
ベルトを解くらしく皮革のきしむ音が妙に冴えて聞こえ、俺の下腹を熱くさせる。
靴を脱ぎ、久方ぶりであろう空気に触れる白桃色の足を見てると悩ましい気持ちになる。
皮をむかれた蜜柑のように露になった色素のない肌。
獣のように半裸になったお前を見て、避けがたい肉体的反応にびくんびくんと脈を打つ。
だらりと横たわり、くしゃくしゃに丸まったそれらの服は、風に乗り、極々薄く石鹸の清香が漂っていた。
…ありがとうございます、か。
いつの間に、視界から煙のように姿を消す愛していた唐紅。
語尾を飲み込むような話肩で覗き込むように俺の気色を伺う日本。
俺はそれをどんな目で直視していただろうか。
観察するような青く、冷たい焔のような目と同僚は揶揄する。
俺は、自分自身に嘘はつけない性分だ。
だが、幾度考えても思案に明け暮れようと、決定しきれない堂々巡りな思考に嫌気がさす。
俺は、” お前 “の強かでとっつきにくい警告しているような真紅が堪らなく好きだ。
あの晩、お前は雨に打たれ、夏の熱を存分に吸いこんで、猛々しく生い茂る若竹のような夏草を真っ赤に染めて俯ッ伏していた。
お前は自分にしか聞こえないと思ったのかぶすりと呟く。
〈やっと “…俺の番か ” 、…〉
自嘲のように、何の意味もないらしい微笑をフッと唇のふちに浮かべた。
突如、甘ったるい感情の自慰が二筋俺の頬を光って伝う。
お前の胸に縋って赤ん坊のように咽喉いっぱいに泣き出す俺を見て、お前はぎょっと驚いて血の気のない顔で俺の顔をまじまじと見つめる。
数秒後、お前は疲れたのか、ふと視線を足もとにやすめる。
体を仰向けに動かして覗き込むと、お前は、眼を幽霊のように伏せて再び動かなくなった。
幻燈画のように、俺の脳裡を去来するあの時の記憶。
遠い記憶が重なり、明滅する度にもうお前は居ないのだと非情に突きつけられる。
これがお前の生きている現実なのだと言い立てられたように用件が取り囲むこの短編映画のような現実を俺はどう凌げばいいのだろう。
…目から鼻に抜けるように落ち度なく冴えた頭脳を持つお前なら、憎いほど落ち着いて澱みなく説明するだろうな。
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(よろしくお願いします…!)
一回データがクラッシュして消えたのでもう一度書き直しました(ただの愚痴です)
申し上げさせていただきます。を二回目に打った時に、😋の絵文字が出てきて怒りのあまり台パンしました。
次話は息抜きに書くので、次の話の、そのまた次にこの作品の続きを出そうと思います!