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【イギリス・ロンドン】
この週末はロンドンの夜空に、ブラックロックの力の歌声が響き渡った
マンチェスター、リバプール、そしてロンドンの三拠点で行われたブラック・ロックの公演は、どのスタジアムも熱狂の渦に包まれ、圧倒的な成功を収めた
チケットは即完売、街には興奮したファンが溢れ、飲食店やホテルは連日満員御礼
ブラックロックの音楽は、ただのエンターテインメントを超え、イギリスの各都市に経済的な活気をもたらしていた
特にロンドンのウェンブリー・スタジアムでのフィナーレは、7万人の観客が力の歌声と一体となって大合唱になり、夜空を震わせる感動の夜となった
講演大成功の翌日の夜・・・
力は自分の所属する音楽会社「ファイブ」の父親的存在敏腕プロデューサーの「ジョン・ハン」と共に、ロンドンで最も格式高いホテルの一つ(ザ・リッツ・ロンドン)の最上階スイートルームで祝杯を上げていた
ホテル・ザ・リッツは、英国王室やハリウッドスター達が最も愛する伝統的なホテルで
ピカデリー通りに面したその壮麗な建物は、ネオクラシック様式の優雅なファサードと、金箔や大理石で彩られた内装で知られている
セレブリティやVIPのみが足を踏み入れる事が許されるスイートルームは、プライバシーと贅沢が完璧に融合した空間で、今の力とジョンハンのような成功者にとって、まさにふさわしい舞台だった
今・・・力とジョンハンは、ピカデリー通りを見下ろす巨大な窓の傍のテーブルで、バカラのクリスタルシャンデリアの下でワインを突き合わせていた
カチンッ・・・「ロンドン公演大成功おめでとう!力」
「ありがとう、ジョンハン」
部屋の隅には専属のバトラーが控え、ゲストのどんなリクエストにも即座に応える準備をして待機している
力は窓の外に広がるロンドンの夜景を眺めながら一口赤ワインを飲んだ
遠くにロンドンアイの光が夜空に柔らかな弧を描く、グリーンパークの木々が暗闇に溶け込み 都会の喧騒と静寂が交錯する
力は思わず沙羅にもこの美しいロンドンの夜景を見せてやりたいと思った
力の目の前で優しく微笑んでいるジョンハンは、40代後半の韓国系イギリス人プロデューサーで、ジョンハンの手に罹れば一躍世界スターになれると音楽業界では尊敬される存在だ
彼の風貌は鋭さと優雅さを兼ね備えている、背は180センチほどで、細身だが鍛えられた体型はテーラーメイドのダークネイビーのスーツに映える
髪は短く刈り込まれ、その顔はどんな交渉でも相手を圧倒する鋭い目が光る、だが、彼がひと度微笑むと、その目は意外なほど温かみを帯び、クライアントやアーティストから絶大な信頼を得る理由が垣間見える
ジョンハンが感慨深げに話しだした
「力・・・8年だな・・・8年かかってここまで来た・・・このロンドンの頂点で、こうして君とシャトー・ペトリュスの赤ワインを傾ける瞬間は、まさに我々の勝利の象徴だ」
ジョンハンの声は、まるでオーケストラの指揮者の様に落ち着きと威厳に満ち、言葉の一つ一つが部屋の空気を震わせる
「感謝してるよジョンハン」
力はジョンハンに微笑んだ、テーブルには、ザ・リッツのミシュラン星付きレストランから運ばれたフルコースが並ぶ、二人は微笑んでスイートルームのキャンドルの揺れる中・・・食事を楽しんだ
「だが、率直に申し上げよう、この栄光は、私の戦略と頭脳無くしては決して実現しなかった・・・8年前、お前を初めて見た時のことを覚えているかい?お前がデモテープを持って私の事務所に現れた時・・・初めてお前の歌声を聞いた時・・・ 粗削りながらも魂を込めて歌うお前・・・私にはお前の声に秘められた無限の可能性を見たんだ」
ジョンハンが分厚くて柔らかそうなステーキ肉に、肉切りナイフを入れる、ナイフがスッと肉に突き刺さり、肉汁を滴らせながら切り分けられていく
「正直に言えば、あの時のお前はただの歌が好きな若ぞうに過ぎなかった、あのまま放っておけば、お前の才能は埋もれかねなかった・・・そこに私が現れ、お前を世界の頂点に導くビジョンを描いたのだ」
ジョンハンはワイングラスを手に取り、深紅の液体を軽く揺らし、まるで自らの思考を整理するように続けた
「ほう・・・何だい? 次のアルバムのアイデアか?」
彼の声は軽やかだが、鋭い目にはいつものように全てを見透かすような光が宿っている、力が深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す様に言った
「実は・・・僕に娘がいたんだ」
ジョンハンの動きがピクリと止まった
グラスを持った手が一瞬凍りつき、まるで時間がその場で静止したかのようだった、彼の顔は普段の優雅な微笑みが消え、感情の読めない仮面のような表情に変わった
力が目をそらし、窓の外に浮かぶ世界最大級の観覧車、ロンドンアイの夜景を見つめる
「娘は8歳になるんだ・・・ほら・・・前にも話しただろ?あの時はあなたに反対されたけど、デビューする前からいた婚約者で・・・彼女と結婚しようと思うんだ」
力の声には決意が混じっていた
「だからワールド・ツアーはこれで終わりにしたい、僕は日本に帰って家族と暮らしたいんだ・・・そろそろ普通の生活に戻らせてくれ―」
「それはダメだな」
その瞬間、ジョンハンの形相が一変した、普段は冷静沈着、どんな危機も微笑みで切り抜ける敏腕プロデューサーの顔が、まるで般若の面のように歪んだ
力の指がグラスを握るちからが強まる
「ジョンハン?」
「その女子供とは手を切りなさい、力、どうせお前の子供と嘘をついているアバズレに違いない、会社から良い弁護士を当てがってやろう、こういう事はよくある事だ、なぁに、お前は何も心配しなくていい、この件は全部私が片付けるから」
力が戸惑いながら言う
「違う!沙羅はそんな女じゃないよジョンハン!8年も待たせたんだ!責任を取ってやりたい!」
その時ジョンハンがグラスをテーブルに叩きつけるように置き、身を乗り出した
「ブラックロックをここまで押し上げたのは誰だ? 私だ!お前の音楽を世界に届けるために、私は全てを賭けてきた、夜通し交渉し、メディアを動かし、ウェンブリーの7万人の歓声をお前に捧げた!!それなのにお前は今、『家族』だの『普通の生活』だのと言って、私の計画を・・・ブラックロックの未来を放り出す気かっっ?」
ジョンハンの怒りの表情に、一瞬たじろぐ力だが、彼の決意も本物だった、すぐに目を合わせる
「もう僕はデビューしたてのひよっことは違うよ!僕が結婚してもブラックロックの音楽を聴いてくれる人は沢山いる!たしかにツアーで世界中を飛び回って、すごい景色を見させてもらった事にはとても感謝しているよ、でも僕はちゃんとした家庭を築きたいんだ」
ジョンハンは鼻で笑う様に息を吐き、椅子に深く凭れる
「おいおい力・・・いつからお前はそんなにお高く止まる様になったんだ!家庭だと? 力、お前はわかっているのか? ブラックロックは今世界の頂点にいる、このタイミングで『家族』なんて甘い言葉に逃げるのは、私とお前の今までの努力を裏切る事だ、 私がお前をここまで導いたのはただのロックスターじゃない、伝説になるためだ、なのにお前は私の8年に渡る努力をまるで無意味にしてしまうのか?恋心を歌うシンガーは「偽装恋愛」させてなんぼだ!ファンはお前が自分に歌ってくれていると「偽装恋愛」の対象になるからこそ、お前の音楽に金を払うんだぞ!お前が結婚なんぞしたらブラックロックは地に落ちる!」
ジョンハンの声はまるで裁判官の判決の様に冷たく、しかしその奥には裏切られたと言う痛みが垣間見える
「力、その女と子供の事は諦めなさい!私はお前のパートナーだ、ブラックロックの成功は私とお前の二人三脚で築いたものだ、なのにお前は私を置き去りにして、勝手に人生の方向を変える気か? 私が描いたビジョンを無にすることは許さない、女なら私が見繕ってやろう!お前にちょうど合う人気女優がいるんだ、ハリウッドにこれから売り出す、お前の恋人にふさわしい」
力がテーブルの上で拳を握る
「ジョンハン・・・僕はあなたに感謝してる、あなたがいなきゃ、確かにここまで来れなかった、でも僕は歌手である前に父親なんだ、家族になりたい女性と子供がいるんだ!ブラックロックは僕の命だよ、でも、音々や沙羅も同じくらい大事だ、あなたのビジョンは凄いけど僕の人生は僕のものだよ・・・ずっと・・・八年間・・・僕はこう言いたかった!」
ジョンハンのするどい表情が、ほんの一瞬緩み、もの分かりの良い父親の様な表情を浮かべる
「力・・・お前がまだ若くて情熱に流されやすいのも理解できる・・・私も昔はそうだった、だが考えてみろ、たかが女とスターとしての栄光とどっちが大事だ?その女がそこまで良ければ愛人にしなさい、しかし結婚はダメだ、入籍するとマスコミが嗅ぎ付ける、世間が大騒ぎになる、私の言う通りにしていれば、お前がその両方を手に入れられる様、完璧なバランスを設計してやる、それが私の仕事だ、だがお前が今勝手に『普通の生活』に戻るのは許さない」
力は目を閉じ、深く息を吐く
「ジョンハン・・・僕は・・・ブラックロックを愛してる、けれどこうなる事も予想していたよ、八年前もそうやってあなたに契約書を突きつけられて僕は結婚をあきらめた・・・でも今は違う、僕の願いを聞き入れてくれないなら・・・僕はブラックロックを抜けるっ!」
ふぅ~・・・「なんと・・・力・・・心臓発作を起こしそうだよ・・・」
ジョンハンが悲しく呟いて首を振る、二人の絆は、かつてない試練の夜を迎えていた、しかし力は今回は一歩も引くつもりはなかった、八年前もこうやってジョンハンに言いくるめられて沙羅に連絡が取れなくなった、自分のやりたいことは何一つ出来なかった、今度こそは沙羅のために闘う決意をしていた
パリのザ・リッツのスイートルームは、豪奢なシャンデリアの光に照らされ、まるで映画の王級のように金銀に光り輝いていた、しかし今はそんな豪華な景色をよそに、部屋に漂う氷の様な緊張感が一層濃くなる
「どうしても・・・考え直してくれないのかい?」
「ジョンハン! 沙羅と結婚できないなら、僕はブラックロックを抜ける!」
力の声が部屋に響いた、ジョンハンはそれまでは、まるで我が子を諭す父親の様な穏やかな眼差しを向けていた
だが・・・彼の表情が一変した、こめかみがピクピクと脈打ち、般若の怒りの形相が浮かぶ
次の瞬間、ジョンハンは高らかに笑い出した、その笑い声はまるで悪魔が地獄から這い上がってきたかの様に不気味で、部屋の空気を凍りつかせた
「本当に!お前達ときたら、売れるとすぐ勝手なことをする! でもな、力、今回は少しやんちゃが過ぎたようだな!」
「ジョンハン・・・」
力の声には戸惑いが滲む、ジョンハンは右手を軽く上げてコンシェルジュに合図を送った
静寂の中・・・ドアが音もなく開いて一人の男が部屋に足を踏み入れた
ドクン・・・
―え?―
力はその男を見て思わず息を呑んだ
そこに立っている男はまるで鏡に映った自分自身の様な男だった
同じ目元、同じ鼻筋、同じ顎のライン、髪の毛一本一本の作りに至るまで、力とそっくりだった
力はその男を信じられない気持ちで唖然と口を開け、もう一度目を擦ってその男を見た、たしかに自分と瓜二つだ・・・でもよく見ると力より肩幅は狭く・・・少し小柄だ・・・それでも信じられないぐらい良く似ていた
「ちょうどいい時期だと思っていたんだよ、力、お前は勝手な事をしすぎた、イメージがすべてであるこの仕事がどれだけ厳しいのか、8年もやってきてまだ分かっていないらしいな!」
ジョンハンの声は冷たく、まるで刃物の様に鋭かった、彼はテーブルの上に一冊のファイルをバサッと投げつけた、ファイルが開いて中から写真が滑り落ち、力はその写真を見てハッと息を飲んだ
そこには、力と沙羅が空港でキスをする写真・・・二人で車に乗り込む姿、雄介のライブハウスの前の自動販売機で二人が寄り添っている場面・・・サセンと警察と一緒にいる力が映っていた、音々も沙羅も顔がバッチリ映し出されている
日本で過ごしたあの時期の数多くのパパラッチの盗撮写真に、力の顔から血の気が引いた
「お前が日本でスクープされた記事を揉み消すのに、会社がいくら払ったと思う? え?力!」
ジョンハンの声が部屋に響き、力の耳に突き刺さる・・・力は震える声で尋ねた
「そ・・・その男は?」
ジョンハンは薄笑いを浮かべ、男を指差した
「よく出来てるだろう? お前の『影武者』だよ」
「影武者・・・?」
「なにせお前の顔を作るのに、整形費用が1億ウォンかかったんだ、なぁに心配らない、これからたっぷり元は取れる」
「なっ!なんだって?ジョンハン!」
ガタンッと力が立ち上がった、その瞬間、力の首の後ろに激しい衝撃が走った
バチバチッ!という激しい音と共に、力の全身に電流が駆け巡り、彼の体は椅子から投げ出され、ドサッと床に倒れた
力はピクピクと体を痙攣させ、息を荒げながら、かろうじて顔を上げた、そこにはスタンガンを持つ力の影武者が立っていた
その男の持つスタンガンが青白い電光をバチバチと弾けさせ、冷ややかな目で力を見下ろしている
「なっ・・・に・・・を・・・」
力の声は喉で詰まり、ぜいぜいと喘ぐだけだった、ジョンハンは倒れた力の横にしゃがみ込み、高級な革靴で力の手を踏みつけた
「ゴリッ」という鈍い音と供に、力が痛みに呻く
「ハウッ!」
スタンガンの衝撃で全身が痺れ、抵抗する力もない・・・
ジョンハンの目はまるで獲物を捕らえた猛獣のようだった
「これからはブラックロックの『力』はコイツにやってもらう、お前は少し悪さをしすぎたんだよ、所詮歌うだけしか能の無いあやつり人形が私の命令に逆らうなんて、そんなヤツは必要ない」
ジョンハンの言葉は氷のように冷たく、力の心を切り裂いた、力の視界が徐々に暗くなり、四隅から黒い霧が広がっていく・・・
狭まる視界の中で、ジョンハンと影武者が力を見下ろしている。ジョンハンの顔には、まるで悪魔が憑依したような笑みが浮かんでいた
―どういうことだ! そいつは誰だ!―
力はそう叫ぼうとしたが喉からはゼイゼイという音しか出ない、スタンガンのショックで体が言うことを聞かないのだ
「しばらくお前には寝ていてもらうよ」
ジョンハンがゆっくりと顔を近づけ、囁くように言った
「おやすみ・・・力・・・」
その言葉と同時に、影武者が再びスタンガンを力の体に押し当てた
バチバチッという音と共に青白い電光が迸り、再び力の体が水揚げされた魚のように跳ね上がった
激痛が全身を貫き、視界は一瞬で真っ暗になった
―沙羅―
・:.。.・:.。.
力の意識は闇に飲み込まれ、ぐったりと床に寝そべり、意識をなくした、ホテルのスイートルームは再び静寂に包まれた、ジョンハンは立ち上がり、影武者に冷たく命じた
「連れて行け!」
影武者は無表情に頷き、倒れた力を担ぎ上げて部屋を出て行った、ジョンハンは窓の外の遠くで輝くロンドンアイを眺め、満足げに微笑んだ、ニヤついたと言ってもいい
そしてスマートフォンを取り出し、電話の向こうの相手に言った
「全てが八年前からの計画通りだ!これより後、(ブラックロック世界征服計画chapter2)に入る!」
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